落ちぶれ令嬢として嫁いだら、 黒騎士様の溺愛が待っていました
 滑らかな声だった。プラチナの耳は、まるで竜と会話するときのように男の声に旋律を感じた。言葉は丁重だが、その音は冷たく、重い。

 ――ヴァルテール。イストワール国。

 声の響きに捕らわれかけたあと、プラチナは胸の中で言葉を反芻した。ヴァルテールの名は知らないが、イストワールという国の名は知っている。このミトロジアの東にある大国だ。強大な経済力と軍事力によって他国を併呑、あるいは従属させ、急成長した国だと聞いていた。叔父が、罵倒を持って忌々しげに口にしていた国の名だった。

 そのイストワールの騎士と兵が、このミトロジアの王の間に来たことの意味を考え、プラチナは小さく息を呑んだ。
 ヴァルテールと名乗った男の、空の色をした目には冷えた光がある。静かに見下されているような気がして、プラチナの胸は騒いだ。叔父や叔母、従姉妹にどれほど直接的に罵(ののし)られても、こんな感覚は抱かなかったというのに。

 久しく忘れていた、かつて抱いていたシェーヌ家の人間としての誇りを刺激される。
 一度かすかに息を整えてから、もう二度と名乗ることはないと思っていた名を告げた。

「――プラチナ。わたしはプラチナ・シェーヌと、申します」

 半ば挑むように、翠の目は青の目を見つめ返した。
 男――ヴァルテールの黒い睫毛が一度上下する。そうして、背後のミトロジア王に振り向いた。

「ミトロジアの王よ。賠償金を補うだけの価値が、彼女にあると言うのですね?」
「そ、その通りである! 本来、ミトロジアの竜使いは貴重な血筋であり――」
「では、この娘が本物のシェーヌであるということはどう証明しますか」

 ヴァルテールはあくまで温厚に、しかし底冷えするような響きで遮(さえぎ)る。
 王と重臣たちは無礼に一瞬怯み、あるいは怒りを滲ませたが、ヴァルテールを咎(とが)めるようなことはしなかった。
 王の側にいた老齢の男の一人が、重々しく口を開く。

「シェーヌの直系は、古の時代に竜と契約した証としてその身に印が現れる。シェーヌの直系ならば例外はなく、首の後ろの付け根に鉤爪のアザを持っている」

 ヴァルテールの口角がわずかに持ち上がったのをプラチナは見た。

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