落ちぶれ令嬢として嫁いだら、 黒騎士様の溺愛が待っていました
 小柄な体からは想像もつかないほど伸びやかな声、短い一旋律が空に響き、塔の半ばから上に留まっていた飛竜たちが一斉に反応する。影がいくつも塔から離れ、空に翼を広げる。
 プラチナが下がると、巨大な風車の足元に次々と飛竜が降り立った。総じて、七体だ。

 降り立った竜たちは、プラチナより一回りほど大きな体躯をしていた。飛竜の中では小柄だが、陽竜たちよりずっと高度な統率がとれ、飛翔能力も高く、機動力と群れの連携力に優れている。
 コウモリを思わせる大きな翼に比して胴は細く軽く、尾も細長かった。ほっそりとして長い首の先には一対の角が後頭部から伸び、鰐に似た強靭な顎と縦長の瞳孔を持つ目がついている。体表は、マルヴァの瞳を思わせる黄緑色の鱗に覆われている。

 マルヴァは自分の瞳の色に似た竜を選別していた。

「〝みんな、体調はどう?〟」

 軽やかな、けれど落ち着いた旋律でプラチナは問う。翼をたたんで地面に降り立った竜たちは、思い思いに翼をつくろったり、隣の仲間をつついたりしている。
 そのうちの何体かが、プラチナに短い旋律を発して答えた。

『問題ない』

 涼やかでどこか冷たい旋律は、少し素っ気なく他人行儀で、氷と氷がたてる音のようだ――とプラチナは思う。
 そうしてまた、涼やかな音が竜から発せられた。

『長は?』
「〝長は、いまは来ない。代わりにわたしが世話をする〟」
『わかった』

 残念だ、とでも言いたげに、竜が響かせる音は常より少し短い。
 プラチナはそれを寂しく思いながら、従姉妹に対して複雑な気持ちを抱いた。
 ――この群れの長はマルヴァだ。絆を結んだ従竜は、竜使いが自分で世話をするというのが基本だ。

 従竜は、竜使いと特に心を通わせ、絆を結んだ特別な群れのことを指す。一人前の竜使いは、それぞれ自分の半身ともいえる従竜の群れを持っていた。そのために、従竜は、その竜使い本人に世話をされることをもっとも好む。
 毎回は無理でも、週に一度か月に一度はそうする。だが、マルヴァは一度もそうしたことがなかった。

 マルヴァの態度を思い出し、プラチナの気分は沈んだ。
 マルヴァは、プラチナが従竜のことを持ち出すたびに眦(まなじり)をつり上げて怒り出す。叔父も叔母も同じようなものだった。

(でも、竜たちはマルヴァに従っている……)

 プラチナは自分にそう言い聞かせ、深く考えるのをやめた。竜の世話をするということは、自分にとってはまったく苦ではない。
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