落ちぶれ令嬢として嫁いだら、 黒騎士様の溺愛が待っていました
――竜たちは、非常に豊かな声を持っている。極めて広い音域を持って多くの音を出すことができ、旋律のようなものを奏でて意思疎通を図る。
竜種はどの生き物とも異なり、高い知性と独自の生態系や能力を持つが、まず際立っているのがこの声だった。声、というには音楽的に感じられる音を出して仲間と交流し、音響によって快不快を決め、独自の価値観を持っている。
この竜種と高度な意思の疎通ができ、従竜の絆を持ち、また遠方から竜を召喚することのできる能力者こそが竜使いだった。
プラチナの耳には、竜たちの声や言葉は個性豊かな音楽に聞こえた。
マルヴァと絆を結んだマルヴァの従竜たちは、プラチナには鋭く澄んだ声を聞かせることが多い。しかしそれはプラチナが群れの外の人間だからで、マルヴァにはもっと心地よい音を伝えるはずだった。
プラチナは風車の中に入って、爪磨きやブラシ、水桶を持ち出した。おとなしく並ぶ群れの端から順に、声をかけて翼や体をブラシで優しくこすっていく。
竜たちはおとなしくされるがままになり、たまに翼を少し持ち上げて、ここにブラシをかけろと催促するものもいた。プラチナは微笑ましさに口元を緩めながらそれに応えた。
並ぶ従竜たちの一体が、目を向けてくる。黒い縦長の瞳孔のまわり、瞳の色は黄色がかった緑だった。鱗の色に比べ、緑が強い。
「〝目の色、おそろいのところがあるね〟」
思わずそう告げると、似た色の目の竜は、そうだろうか、とでもいうように不思議そうな音をたてた。
一体ずつ丁寧にブラシをかけたり、鉤爪を慎重に磨いたりしていると、プラチナの胸をまたあの淡い感傷がよぎった。
――かつて、自分にもこんなふうに従竜たちがいた。絆で結ばれ、半身のように思っていた竜たちが。
それに、大好きな両親も兄もいた。けれどみんないなくなった。父母も兄も流行病(はやりやまい)で自分を置いて先に亡くなり、竜と心を通わせる力さえ戻らないまま――。
(……考えてはだめ)
感傷を、プラチナは手に持ったブラシごとぎゅっと握って自分を抑え込んだ。とにかく従竜たちの世話に集中するべく次の一体の爪を磨こうとしたとき、ふいに鋭い針が首の後ろを貫いたような感覚があった。
とたん、おとなしかった竜たちが切りつけるような音を発し、翼を広げて暴れる。
「きゃ……‼」
プラチナはよろめき、尻もちをつく。従竜たちがあげる警戒の叫びが耳をつんざく。背後で、フィーもまた子供のように高い声をあげて叫んでいた。
けたたましい羽音をたて、黄緑色の竜たちが一斉に夕暮れの空へ舞い上がる。そして遙か頭上で隊列を組み、一斉に放たれた矢のように飛んでいった。
プラチナは呆然とそれを見つめたあと、慌てて立ち上がった。下がっていたフィーが、すかさず右肩に戻ってくる。
考えるよりも先に、プラチナは従竜たちを追って駆け出していた。竜たちが向かったのはこの邸から西の方向――王宮のある方角だ。マルヴァが彼らを呼んだのは間違いない。マルヴァは王宮に向かったのだろうか。
だが竜たちは何かを強く警戒しているような、尋常ではない様子だった。
「何があったの……!?」
『嫌なものがある。いる』
プラチナの右肩で、フィーが低くうなった。
竜種はどの生き物とも異なり、高い知性と独自の生態系や能力を持つが、まず際立っているのがこの声だった。声、というには音楽的に感じられる音を出して仲間と交流し、音響によって快不快を決め、独自の価値観を持っている。
この竜種と高度な意思の疎通ができ、従竜の絆を持ち、また遠方から竜を召喚することのできる能力者こそが竜使いだった。
プラチナの耳には、竜たちの声や言葉は個性豊かな音楽に聞こえた。
マルヴァと絆を結んだマルヴァの従竜たちは、プラチナには鋭く澄んだ声を聞かせることが多い。しかしそれはプラチナが群れの外の人間だからで、マルヴァにはもっと心地よい音を伝えるはずだった。
プラチナは風車の中に入って、爪磨きやブラシ、水桶を持ち出した。おとなしく並ぶ群れの端から順に、声をかけて翼や体をブラシで優しくこすっていく。
竜たちはおとなしくされるがままになり、たまに翼を少し持ち上げて、ここにブラシをかけろと催促するものもいた。プラチナは微笑ましさに口元を緩めながらそれに応えた。
並ぶ従竜たちの一体が、目を向けてくる。黒い縦長の瞳孔のまわり、瞳の色は黄色がかった緑だった。鱗の色に比べ、緑が強い。
「〝目の色、おそろいのところがあるね〟」
思わずそう告げると、似た色の目の竜は、そうだろうか、とでもいうように不思議そうな音をたてた。
一体ずつ丁寧にブラシをかけたり、鉤爪を慎重に磨いたりしていると、プラチナの胸をまたあの淡い感傷がよぎった。
――かつて、自分にもこんなふうに従竜たちがいた。絆で結ばれ、半身のように思っていた竜たちが。
それに、大好きな両親も兄もいた。けれどみんないなくなった。父母も兄も流行病(はやりやまい)で自分を置いて先に亡くなり、竜と心を通わせる力さえ戻らないまま――。
(……考えてはだめ)
感傷を、プラチナは手に持ったブラシごとぎゅっと握って自分を抑え込んだ。とにかく従竜たちの世話に集中するべく次の一体の爪を磨こうとしたとき、ふいに鋭い針が首の後ろを貫いたような感覚があった。
とたん、おとなしかった竜たちが切りつけるような音を発し、翼を広げて暴れる。
「きゃ……‼」
プラチナはよろめき、尻もちをつく。従竜たちがあげる警戒の叫びが耳をつんざく。背後で、フィーもまた子供のように高い声をあげて叫んでいた。
けたたましい羽音をたて、黄緑色の竜たちが一斉に夕暮れの空へ舞い上がる。そして遙か頭上で隊列を組み、一斉に放たれた矢のように飛んでいった。
プラチナは呆然とそれを見つめたあと、慌てて立ち上がった。下がっていたフィーが、すかさず右肩に戻ってくる。
考えるよりも先に、プラチナは従竜たちを追って駆け出していた。竜たちが向かったのはこの邸から西の方向――王宮のある方角だ。マルヴァが彼らを呼んだのは間違いない。マルヴァは王宮に向かったのだろうか。
だが竜たちは何かを強く警戒しているような、尋常ではない様子だった。
「何があったの……!?」
『嫌なものがある。いる』
プラチナの右肩で、フィーが低くうなった。