落ちぶれ令嬢として嫁いだら、 黒騎士様の溺愛が待っていました
「〝嫌なもの? いる(・・)って……〟」

 そう問い返しながら、プラチナは裏門へ回った。叔父や叔母たちから正門から出ることを許されていなかった。裏門から建物の並ぶ通りへ出て夕陽に染まった風景を見たとき、ふいに肌が粟立った。

 ――轟音がプラチナの肌を震わせた。

 翠の目を見開き、忙(せわ)しなく辺りを見回す。通りを歩いていた人々も一斉に止まり、同じように視線を右往左往させる。

『来る! 危ない!』
「〝フィー!? どうしたの、何が……〟」

 小さな竜が鋭い声をあげて警告を発し、激しく翼を打ち鳴らす。
 再び、轟音が王都を揺るがす。だが今度は、プラチナにもその騒音の意味が感じ取れた。――大きな、爆発が起こったような音。

(この爆発は……さっきの従竜たちと……?)

 マルヴァがいきなり呼んだことと関係があるのか。言いようのない不安が体を苛む。

『逃げる、プラチナ!』

 フィーが激しい羽ばたき音と共に声をあげる。
 プラチナは大通りへ飛び出す。背の高い建物の間に空を見た。
 そして火のような色を帯びた空に、太い黒煙が立ち上っているのを見た。どこかで炎が上がっていのだろうか。

 ――どこかの竜舎でありませんように。

 プラチナはとっさにそう祈った。そうやって空ばかりを見上げていたせいか、地上の異変に気づくのが遅れた。

『プラチナ‼』

 右肩から、フィーの叫びが響いた。こめかみを一撃するような鋭い叫び。
 プラチナは地上に目を戻し、それから息を呑んで後じさった。

「な、なに……!?」

 建物の隙間、あるいは石畳で舗装された道の向こうから黒い煙が伸びてくる。白紙に泥水が染みこんでいくように広がっている――迫ってくる。

(か、火事!?)

 プラチナは急いで身を翻した。つまずきかけながらも、通りを走る。
 ――だがすぐに、足元が暗くなった。
 あの地を這う黒い煙に追いつかれる。足を取られる。

「あっ……!」

 煙のはずなのに、冷たく粘ついた何かにつかまれたように感じてプラチナは転倒した。したたかに体を打ち付け、痛みと衝撃に息を止める。右肩にしがみついていたフィーも投げ飛ばされる。

 ――這い寄る黒い煙が、転倒した体を侵食する。足を這い上がり、腰、胸へ、更にその上へ。

 プラチナは石畳に転がった小さな竜に手を伸ばす。

「フィー……‼」

 伸ばしたその手の先まで黒い煙が覆い、意識が途絶えた。



< 7 / 19 >

この作品をシェア

pagetop