落ちぶれ令嬢として嫁いだら、 黒騎士様の溺愛が待っていました
 騎兵たちはプラチナを馬上に押し上げ、慌ただしく王宮まで駆けた。虜囚のように運ばれながら、プラチナはフィーを手放さないよう強く抱きしめていた。
 フィーは、うめくような声をあげる。プラチナははっと腕の力を緩める。だがすぐに、フィーがうめいたのは抱きしめる力が強すぎたからではないと気づいた。

 馬上に抱えられたまま顔を上げ、大きく揺れる視界で騎兵の行く先を捉える。王都でもっとも大きく絢爛豪華な建物――王宮。だがその上空に竜たちが集まって忙しなく旋回し、あるいは叫び声をあげている。竜使いに呼ばれたはいいが、指示がなく困惑している――そんな様子に見えた。

(この感じ……何? すごく、怖い……!)

 揺れに襲われながら、やがてプラチナは王宮にたどりつく。騎兵は正門を走り抜ける。
 そして慌ただしく止まり、プラチナは引きずり下ろされた。転びかけ、なんとか足で踏み止まる。

 騎兵たちも次々に下馬し、一人がプラチナの腕をつかんで歩く。他の兵は、逃げ場所を塞ぐように周りを固めてついてくる。
 右肩にしがみついて威嚇するフィーと共に、プラチナは宮殿の内部を引きずられていった。まったく別世界のようなそこが、異様な雰囲気に包まれていることを肌で感じた。緊張感、不自然な静けさ、まるで息を潜めているようで、悲鳴を呑み込むようなか細い息が聞こえてくる――。

 やがて、大きな広間に出る。壁には肖像画、高い天井にはミトロジアの創世画、楽園とそこに舞う竜を描いた絵画とシャンデリアがあった。
 だがそれよりもずっとプラチナの目を奪うものがあった。

 金銀と極彩色に彩られた空間では異質な、黒一色に身を包んだ兵。この国の人間ではないと無言で誇示する闇色の兵たちが、絢爛な空間の左右に一分の隙もなく整列していた。
 その兵の一人が軍旗を掲げている。――交差する剣、猛る半鷲半獅子の紋章。
 このミトロジアの国旗では決してない。

 すべての光景にプラチナは息を忘れ、思考を麻痺させた。
 何か遠い夢を見ているような光景の中、兵たちが左右に整列し、開けた中央の大きな道の先に、ひときわ長身の男の姿があった。
 プラチナの視界は、一瞬その男に埋め尽くされる。

(黒い、竜――)

 とっさに、そんな言葉が頭に浮かんだ。背になびく黒のマントに、長身を包む黒い甲冑が人ならざるもののように見える。唯一露わになった頭さえ、漆黒の長い髪が伸びている。

 プラチナをここまで引きずってきた兵たちもまた、一瞬怯む様子を見せた。だが乱暴な力を加えてプラチナをその場に跪かせる。
 痛みに顔を歪めながら翠の目が見上げた先で――漆黒の竜を思わせる男が、悠然と振り向いた。

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