夜這いを命じられたら、国王陛下に愛されました
スペンドールの透明姫と赤毛の新国王

侯爵令嬢リオン・アナスタシア 1

1.



「――さま!‥‥お嬢様!」

 ゆさゆさと強く体を揺さぶられる感覚がする
 ‥‥見つかっちゃった?‥‥あともうちょっとだからお願い見逃して

「‥‥‥うーん、‥‥あとにじかん‥‥‥」
「どんだけ寝る気ですか!‥って、早く起きてくださいお嬢様!旦那様から執務室に来いとお嬢様が呼び出されてます!」

 あまりにもジュリアが鋭い剣幕なので仕方なくベンチから身を起こす

「旦那様‥‥‥あぁ、お父様(侯爵)のこと」
「そうです!お嬢様の不肖のお父君の事です!ほら、早く起き上がって!‥‥あぁ、こんなに髪がぼさぼさになって‥‥!いくら他の方の目が無いからといって、人気のない所で、しかもベンチで!寝ないでください!」

 全く、お嬢様はこれでも傾国級の美女なんですからねと怒ってるのか心配しているのかわからない侍女にしおらしくごめんなさい。今度はバレないようにするわと謝って、ふらふら歩き始める
  
「バレる云々じゃな――‥‥ちょッ、お嬢様、そっちじゃないです!そっちは(はなれ)!戻ろうとしないでください!」
「え?」
「“え?”って、話聞いてましたか!?呼・び・出・しです!」
お父様(侯爵)でしょ?」
「‥‥そうです。あぁ、もう相変わらず方向感覚が皆無なんだから」

 ぷりぷりと怒るジュリアが懐から櫛を取り出す

「案内しますから、その通りに動いてくださいね?私は後ろでお嬢様の髪を整えながらついて行きますから」
「‥‥‥」
「嫌そうな顔しない!」
「‥‥‥うん」
「よろしい。では、反対に向いてください。本邸(母屋)は後ろです」

 あぁ、そうだったっけ
 しばらく近寄ってなかったから分からなかったわ

 
「――見て、三番目のお嬢様よ」
「いつ見てもお綺麗ね。‥‥幽霊みたいだけど」
「ちょっと!他の方に訊かれたどうするの!」

 ジュリアを背後にくっつけ、指示通りに歩いていくとちらほら本邸の使用人たちが噂話に忙しそうだった。三番目っても言われても存在すら認められてないけど、そういう場合はどうコメントしたらいいのやら

「‥‥うん。完璧。あ、そこを左に曲がってください。‥‥‥うそでしょ」
「どうしたの?」
「オジョウサマ、何で寝間着なんですか‥‥‥」
「着換えをするのがめんどくさくて」
 
 ショールを羽織っていたのが良かったのか、焦っていたジュリアに気付かれていなかったらしい
 二度寝は最高ねとあくびをしながら言えばギッとジュリアは(まなじり)を吊り上げた

「‥‥寝間着だけで行動しなかったのは褒めてあげます。これならまぁ、誤魔化しは聞きそうです」
「そう。よかった」
「はぁ‥‥本当に他人事のように‥‥」

 別に寝間着でもいいと思うんだけど
 普通、存在がどうでもいいと思っている相手がどんな格好をしてても気にならないでしょ?

 
「――あらぁ?誰が我が物顔で屋敷の中を荒らしているかと思えば、リオンじゃない」
 
 せっせと少しでも見栄えをよくするためにジュリアが衣服に手を加えていると、派手な青髪を優雅に巻いた女がヒールをカツカツと鳴らして突き当りの通路から現れた。よく一瞬で状況を理解できるなぁと感心するとともに、あれはどの姉だったかと思い出そうとする

「(アゼリアお嬢様ですよ)」

 ぼんやりと結局、大して必要性も感じなかったので返事もせずに黙っていると、名前が思い出せなくて困っていると受け取られたのか、さっと侍女の鏡のように礼を取ったジュリアに耳打ちされる。何気に小技が得意な侍女・ジュリアだった

「‥‥何を黙っているの?挨拶も出来ない愚鈍な人間だったかしら、お前は。あぁ、でも仕方がないわね、育ちが悪ければ生まれも悪いもの」

 可哀想にと憐れんだ様子で開いた扇の下の素顔はきっと嘲笑と不愉快なのだろう
 そう思うとなにを話せば良いのかわからなくなった。あの姉は私に話してほしいのだろうか。いまいちよくわからない

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