夜這いを命じられたら、国王陛下に愛されました

新王セウリス・ガキア 3

8.




「――陛下、スペンドールのものが動きました」

 脈絡なく響いた感情がこもっていない低い声とともに一人の黒ずくめの人型が現れる
 セウリスとその側近たちは落ち着いた様子で片眉を上げたり、笑みを浮かべたりとなんとも薄い反応。だが、周囲に居た文官たちはそうではなく、びくッと再び心臓に悪い驚き。それでも、「えッえッ!?」と慌てふためく様子はなく、あぁと納得した様子で直ぐに落ち着く

「――ふむ。スペンドール、というと‥‥」
「金に物を言わせて実力違いなコトを成してしまう侯爵家ですね」
「あそこの姉妹は美人なんだよねぇ、知ってるよ俺」
「えぇ、知らないほうがおかしいですから」
「‥‥うっ」

 軽くダメージを受けたシドゥータの“国王”
 上手く皮肉が通じたようだ

「ゴホンッ‥‥
 ――で、そのスペンドールが動いた、と」
「はい。たった今、スペンドールの手のものと思われる集団が陛下の寝所に侵入。本日の午後4時21分に公爵家から女を乗せた集団が屋敷から出たのを確認しています」
「寝室、か」
「はい」
「ねぇ~、全員寝室から出てこないの?集団なんでしょ?」
「はい。見たところ集団は三つに分かれており、先導のリーダー役と思われる男、女、そして暗殺役と思われる男数名です。リーダー役が一人で寝所から出たのは確認しました。今は他のものが後を付けて見張っております
 ――捕らえますか?」

 セウリスは思案するように顎に手を当てる

「スペンドールの屋敷から女が出てきたと言ったな」
「はい」
「お前から見て、その女は令嬢に見えたか?それとも雇われたものに見えたか?」
「‥‥‥あれは令嬢かと」
「そうか。ならば、少しまて」

 俺が良いと言ったら捕らえろ、それまで逃げれないようにしっかりと見張っていろと告げたセウリスにハッと黒い人形は頷く。もはや黒の塊で影すら無いようなつや消しのものなので頷いたかどうかは雰囲気で判断するしか無い

「‥娘を差し出してきたってことかー」
「四日前の伯爵と同じですね。貴族たちの間(社交界)で流行っているいるんでしょうかねぇ」

 クレトは皮肉気に、されど優美に口を笑みの形にした

「じゃ、いつものパターンだね。さきに処理しとこうか?」
「いや、いつも通り(・・・・・)俺が立ち会う」
「‥‥はーい」

 若干不満げなオリヴェロ
 ふんと鼻を無意識にならすセウリスは黒い人型にうん?と片眉を上げた

「どうした?アッシュ」
「‥‥‥」

 “アッシュ”と呼ばれた人型は少し考えるように頭を揺らし、数秒間沈黙。珍しく口篭もる様子の人型に自然と視線が集まる

「‥なにか言いづらいことがあるのか?言ってみろ」
「‥‥はい
 陛下の寝所へ侵入した女ですが、確認した後直ぐの処罰は待たれた方がよろしいかと」
「何故だ?」
「その、情報にあったスペンドール家の令嬢とは少し様子が違いましたので。後は‥‥‥」

 再び口篭もった“アッシュ”にセウリスと側近たちはまだあるのか、珍しいなと二つの意味の視線を向ける

「‥‥いえ、なんでもありません。兎に角、一度しっかり確認なされてからのご判断を」
「‥わかった」

 どことなく微妙そうな雰囲気を漂わせ言った人型にセウリスは女が寝所でなにかやらかしたのか‥?とまだ見ぬ侵入者に思いをはせ、必要だったら先日のと同じように頭を切り落とすかとぼんやり決意した

「――ご苦労だった、アッシュ。引き続きその女()の監視を頼む、危険だと判断したらその場で捕縛しても構わん」
「畏まりました」

 再び音もなく消えた黒い人型・アッシュ
 アッシュが消えた後の執務室にはしばし沈黙が流れた

「多いですねぇ」
「陛下モテモテだね~」
「五月蠅い
 あぁ、エイベル、追加で近衛騎士を数名手配しておいてくれ。捕らえるのに使う」
「もう手配しております」
「そうか。有能だな」

 ギロッと側近を睨んだ眼付きのまま、書類に目を通し、傍らで控えていた騎士に指示を出す。そんなセウリスの一連の作業だけなら立派に国王であり、私語が多いことに目をつむればもう我らの国王だと外野であった文官と大臣たちは静かに頷く。それはそうとして不憫だ。文官たちはこれで四回目となる国王の寝所への侵入事案について、つい最近までの自分たちの行動を棚に上げて新王を憐れんだ

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