先輩を可愛い、かわいいと言っていいのは僕だけです
「あっ、別に可愛いって言われて嫌だったとかじゃないよ? さっきも言ったけど、植物に大きくなれよみたいな口癖だよね?」

 続けて補足をしたものの、雰囲気はますます悪くなり、ついに本宮君は無表情となってしまった。

 ーーそして沈黙。

 そろそろHRが始まる時間か。教室に向かう生徒の声が響く。わたし達も早く手洗いをして向かわないと遅刻扱いになる。
 本宮君を直視出来ないわたしは汚れた爪に焦点を合わせ、動けない。

「先輩が僕をどう見てるのか、よく分かりました」

 ひたすら気まずい空気に耐えていたら、本宮君が言った。二度目の言い方は何処か諦めた風で溜息を添えられる。

「……もう言いませんから」 

 予鈴と同時に本宮君の腕が下げられた。

「先輩の事、もう可愛い、かわいいって言いません」

 無表情のまま宣言し背中を向ける。すたすた長い足で教室へ向かい、振り返る事はなかった。
 一方、わたしは言い放たれた言葉の重みで床に座り込む。

「本宮君、泣きそうだった?」

 去り際にほんの数秒だけ見せた表情に、自分の言動が本宮君を酷く傷付けていたのだと気付く。それから少なからず本宮君がわたしを可愛いと思ってくれていたのを知る。

 公開後に立たず。この件以降、本宮君はわたしに可愛い、かわいいと言わなくなるのだった。
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