交際0日ですが、鴛鴦の契りを結びます ~クールな旦那様と愛妻契約~
会場を出て、送迎レーンのあるところで息をつく。
外の冷えた空気が今はちょうど良かった。
一織さんがもうすぐ迎えに来てくれる。
そうしたら、すぐに言おう。私の気持ち。一織さんが教えてくれた、少し苦くて甘い感情。
「古嵐さん!」
不意に、前にも聞いた声が届いてびくりと肩が跳ねる。
「戸川くん…」
彼は私の目をはっきりと見据えている。
目を逸らすことができずにいると、彼がゆっくりと近づく。ふわりとお酒の匂いがした。
「古嵐さん。僕、古嵐さんが好きだった」
高校生の時、気持ちを伝えてくれた戸川くんを思い出す。
あの頃よりも、お互いずいぶん大人になった。
「この間、再会した古嵐さんが、すごく綺麗になっていて驚いたんだ。 正直、あの頃の気持ちを思い出したよ」
「戸川くん、私、」
戸川くんが一瞬目を伏せ、顔を上げて言う。
「でも、古嵐さんは素敵な人と出会ったんだね」
「…うん。私は、夫のことが好きなの。 戸川くん、あの時はごめんなさい。きっと、あなたを傷つけたよね」
「いいんだ。僕も、振られてからどう接すればいいか分からなくなって、子どもだったなと思うよ」
私たちは顔を見合わせて苦笑した。
不器用で、恋というものにどうしようもなく不慣れだった。
彼の好意に気づけなくて、いざ伝えられても上手く答えられなくて。
そんな私が、今は――
「…最後に、いいかな。僕の初恋に、キリをつけさせて」
そう言って、戸川くんは右手を差し出した。
私は頷いて、同じく右手を合わせる。
「ありがとう、戸川くん」
「こちらこそ。元気でね、古嵐さん」
握手を交わした私たちは、どちらからともなく手を離し一歩下がる。
その時、ヒールが引っかかってバランスを崩してしまった。
戸川くんが咄嗟に手を引っ張ってくれたおかげで倒れずに済み、彼が焦った表情で私を覗き込む。
「大丈夫?」
「…あ、ありがとう」
背を支えられながら、思い出すのは一織さんの抱擁だった。
「小梅…?」
私を呼ぶ声に、はっと振り返る。
一織さんが険しげな顔で立っていた。
スラリと伸びた長い足でずんずんとこちらにやってくる。
そうして、手を掴んだままの戸川くんから引き離すように抱き寄せた。
「い、一織さん! あの、」
「帰るぞ」
絶対零度の低い声で言うと、一織さんは私を連れてさっさと歩き出す。
振り向くと、戸川くんが申し訳なさそうな表情で、「ごめん」と口の形を作っていた。私は大丈夫というように頷き返してから、一織さんを見上げる。
何か誤解してるよね、絶対。
私を助手席に座らせ、彼は運転席に回る。
シートベルトもそこそこに、私は口を開いた。
「一織さん、さっきのは、」
「今は聞きたくない」
ぴしゃりと、シャッターを降ろされたみたいだった。
何も言うなと一織さんの雰囲気が語っていて、マンションに着くまで私は何も言えなかった。