交際0日ですが、鴛鴦の契りを結びます ~クールな旦那様と愛妻契約~
初めて入る小梅の部屋に感動を覚える前に、彼女がおずおずと聞いた。

「一織さん、お仕事は…?」

「妻に家出させてしまったのかと思うと、仕事どころじゃなくてな」

小梅の顔色がさあっと青くなるので、俺は付け加える。

「午後から行くよ。 でもその前に、小梅に話がある」

こくりと頷く小梅の表情は暗い。
促されて、白いふわふわのカーペットに腰を下ろす。クッションも渡されたので、それは抱き抱えるようにして持っておく。

「小梅…昨日社長室に来てくれたんだろう?」

「…はい」

「そこで、俺と秘書の会話を聞いたんだな」

「…ごめんなさい。部屋の前まで行って…入るに入れなくて…」

「…そうか。悪かった。嫌な思いをさせたな。 …小梅に、まだ話していないことがあるんだ。聞いてくれるか?」

彼女が頷いたのを見て、俺は話し始めた。

祖父と、小梅の祖母である桜子さんについての話だ。
俺にとって祖父の存在は大きく、結婚をしてまで祖父がもらった恩を返したかった理由を伝えるために、両親との関係についても触れた。
特別仲が悪いわけではないけれど、仲が良いとも言えないこと。

可愛げの欠片もなかった幼少の俺を育ててくれた祖父との約束のために、古嵐家に恩を返すために結婚した。だが、もっと大切で、小梅に伝えたいことがある。

「本当のことを話したら、きっと桜子さんに似て優しい小梅は遠慮すると思った。 いつかは話そうと思っていたけど、結果、こうして小梅に悲しい思いをさせた。ごめんな」

小梅がふるふると首を横に振る。

「私の方こそ、勝手に誤解して、一織さんに心配かけてごめんなさい」

小梅は悪くない。隠していた俺が全面的に悪い。だからもう、これ以上小梅への想いを抑えようとはしない。隠さずに、この溢れんばかりの恋情を。

「…あの台風の日、小梅が雨に濡れた俺にタオルと傘とお弁当を持たせてくれただろう? 俺を大企業の御曹司だと知らない小梅の純粋な厚意が、嬉しかったんだ。それに、笑った顔が、可愛くて」

黒い綺麗な瞳が俺を見つめる。
可愛い、なんて思っていても口には出さないし、表情に出ないように気をつけている俺が言うからだろう。びっくり、と顔に書いてある。
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