愛されていたとは知りませんでした。孤独なシンデレラは婚約破棄したはずの御曹司に秘密のベビーごと溺愛される
「変更になった什器を確認しましょう。時間がない」

香の相手をせずに、工事責任者を連れて店内へと入る。

まだ補修も行っていて、店内は脚立や工具があり床の養生は取れていない。足の踏み場がなくごちゃっとしている。清掃も終え、午後には搬入も始めなくてはで、スケジュールはギリギリだ。

「珍しく、いつもより攻めた物言いをしましたね。凄い形相で睨んでますよ」

半歩遅れて着いてきた但馬が耳打ちをする。

「煩い黙れと受け取ってくれたなら、まだ話が通じる相手で有難いよ」

肩を竦めてみせると、但馬は「毒舌だ」と笑いを堪えていた。

店内を周り確確認を進めていると、ポケットのスマートフォンが震え出す。プライベートの方だ。一度やり過ごしたが、続けて入電したので相手を確認すると花蓮だった。
仕事中に連絡をもらうのは初めてだ。

画面には一時間前にも二件通知が来ていて、チッと舌打ちをした。なんで気が付かなかったんだ。
何かあったのかと思い、断りを入れて急いでその場を離れる。

店の外に出ながら電話に出ると、まだ香の姿があってゲンナリとした。愛想笑いを浮かべながら対応しているスタッフが気の毒になった。仕事の邪魔になっている。

「花蓮、どうかした?」

『昴さん。お仕事中すみません』

弾んだ声が聞こえて、緊急事態ではなさそうだとほっとする。喧騒に紛れ『だー』と歩那の声も聞こえて、思わず頬が緩んだ。

『昨夜みていた封筒がダイニングテーブルに置きっぱなしになっていたので、心配で届けられればと思って……』

「――封筒? あっ……」

ダイニングの封筒……。L×Oについての書類だ。
今日の打ち合わせ内容もある。いつもなら書斎にしまうか会社に持ち帰るが、そういえば昨夜は、わすれてそのまま出しっぱなしにしてしまっていた。
最終確認の為に見ていただけなので、ざっと読んだら満足して、すぐに花蓮とベッドになだれ込んだからだ。

「それで届けに出てくれたのか。大変だっただろう」

『いえ、歩那もわたしも電車に乗るの久しぶりだったのでお散歩気分で楽しんじゃいました』

実はデータはPCにも入っている。
昴には紙のほうが頭に入りやすく、重要な書類は印刷して再確認する習慣があった。家においてきた書類は必要ないものだ。
せっかく来てくれたのだから、それは黙っておくことにした。

ふたりの顔を見られるのは嬉しい。

「ありがとう。うれしいよ。俺はまだ店なんだ。花蓮は今どのあたり?」

『もうすぐお店に着きます。えっと……あ、見えた!』

「――え」

(店に着く?)

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