愛されていたとは知りませんでした。孤独なシンデレラは婚約破棄したはずの御曹司に秘密のベビーごと溺愛される

諦めの悪い王子

昴は怒りで自分を見失うほんの二十分前は、不安が大半であったが、同時に淡い期待も持ち合わせ、胸を高鳴らせていた。

「こんなボロアパートに居るのか……?」

あまりに困惑して眉を顰める。
昴の目の前に建つのは、管理もろくにされていない古いアパートだった。

木造じゃないからまだマシなものの、コンクリートはカビのようなもので黒くくすんでいるし、バルコニーも外付けの階段も錆び付いている。

生涯を添い遂げようと誓った女性……、婚約者であった花蓮の住まいであった。

学生時代に定期的に通った彼女の家からは、車で一時間も離れている。

近隣の駅からも車で五分ほどかかるし、それほど家賃が高いとは思えない。
唯一の利点は、自分の住むマンションが隣の駅前のため、意外と近いことである。

灯台下暗しとはこういうことか。


花蓮の親からは、家を捨て駆け落ちしたと聞いてはいるが、いくらなんでももう少しまともな物件に住めないものか。

相手の男の素性は知らないが、金銭面に余裕がないのだろうか。

いったいどうなっているんだ。
住環境もお世辞にも良いとは言えない。

治安が悪そうだ。
周囲は暗い印象があり、街灯も少なく感じる。住宅街ではあるが、新築の家は少なく古びた家が建ち並ぶ町であった。

「桜杜副社長、お時間が……」

背後から声がかけられた。
気づけば、車で待機していたはずの但馬が、真後ろに控えている。

昴が信頼する秘書だ。
真っ黒なスーツにワックスで撫でつけた七三分けの髪型。
眼鏡に日射しが反射してきらりと光った。
ガラスの奥からは、早くしてくれと言わんばかりの目が訴えている。
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