愛されていたとは知りませんでした。孤独なシンデレラは婚約破棄したはずの御曹司に秘密のベビーごと溺愛される
「……待て。あと少しだけ……」

昴は抵抗する。
揉めそうなふたりに、慌てて口を挟んだ。

「あの、わたしも仕事に遅れてしまうので失礼しますね! 保育園も行かなくちゃだし!」

逃げるなら今がチャンスと思い、急いでおもちゃを拾うと、仕事用と保育園用の荷物を肩にかかえ踵を返した。

本当は散歩をしながら向かおうとゆとりをもって出たので、少し余裕があった。しかし忙しいふりをして、逃げるようにその場を離れる。

但馬の脇を俯きながら通り抜けた。

「うぁー、あー、んま! まんま!」

歩那がおもちゃを欲しがった。

「これはばっちよ。きれいきれいしてからね」

速足で歩きながらバッグからウェットティッシュを出し、さっとふいて持たせてあげる。

歩那は「あー」と笑顔でにぎると、すぐにおもちゃにしゃぶりついた。

「花蓮! 待ってくれ!」

数メートル後方から、昴の声が呼び止めた。
花蓮はぎゅっと歩那を抱きしめ、立ち止まらなかった。

今にも涙が零れ落ちそうで。

背中を向けたまま、声が震えるのを悟られないように別れの言葉を吐き出す。

「ごめんなさい。さようなら」

「花蓮!」

「副社長、急いでください!」

追いかけてきそうな昴を、但馬の声が遮った。
振り向きたい衝動を必死に抑え、保育園まで一目散に歩く。

(ごめんなさいごめんなさい)

心臓が張り裂けそうだ。

歩那の背中をそっと撫でる。ひっついたところから伝わる体温だけが、心を落ち着かせてくれた。
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