愛されていたとは知りませんでした。孤独なシンデレラは婚約破棄したはずの御曹司に秘密のベビーごと溺愛される
「えーと、鍵、鍵」

自分のバッグを探る。

安物のトートバッグだが、大容量でショルダーにもなる優れものだ。
おむつにお尻拭きに、ゴミ袋におもちゃにおやつに飲み物……。

辛うじて入っている化粧ポーチは一応ファンデーションやリップも入っているが、あまり使う機会も暇もない。

整理をこころがけているが、いつもすぐにごちゃっとしてしまうのが悩みだ。

「あ、あれぇ? 奥に入っちゃったのかな」

いつもの内ポケットに見当たらない。

ベビーカーから手を離しバッグの奥を探っていると、ベビーカーが引っかけていた荷物の重みに耐えきれずに後ろにひっくり返った。

買い物袋は潰れ、中身が散ける。昼間に救出できたはずの米袋が地べたに転がる。

「あーっやっちゃった! もー」

運悪く卵を買っていて、数個が潰れて黄みがとびだした。
「うー、まんま、まんま!」

同時に歩那かグズる。
帰宅が遅くなったせいか、おなかが空いてしまったようだ。

「ああ、ちょっと待ってね」 

鍵、ベビーカー、歩那。床を汚した卵の始末もしなくてはならない。
一気に押し寄せた作業に慌てたが、とりあえず玄関をあけようと鍵を探した。

でもどこへ行ってしまったのか、こんなときに限って中々見つからない。

その間に歩那のぐずりは大きくなった。
鳴き声というのはどうにも気持ちが焦る。

「んまー!」

怒って歩那の手足がぴーんと張る。
声の大きさが近所迷惑になりそうで、そのぱしのぎで幼児用の煎餅を与えた。

「いっこだけね? ごめんね。すぐにご飯つくるからね」

結局、探し当てた鍵は上着のポケットに入っていた。朝から入れっぱなしだったらしい。
なにをやっているのだと自分に呆れ、鍵を差し込んだところで、隣の男が顔を出した。
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