愛されていたとは知りませんでした。孤独なシンデレラは婚約破棄したはずの御曹司に秘密のベビーごと溺愛される
望めばなんでも手に入るほど、容姿、地位、力をもっているのに、どうしていつまでも花蓮を助けてくれようとするのか。

(情があって、やさしいんだよね)

真面目で、責任感も強い人だ。
だからきっと、困っていた花蓮を見捨てられない。

「ほら、王子様が来てくれたわよ!」

休憩室の窓から見えるスーパーの駐車場に、昴の車が駐まっていた。
秘書の但馬もいないので、今日は会社帰りではないらしい。

まだ夕方の五時。
こんな時間に仕事が終わるわけないのに、本当に大丈夫なのだろうか。

「ねえ、王子は車何台持ってるの? わたしが知るだけで三台なんだけど。大富豪だから、自宅の巨大なガレージに高級車がずらーっと並んでそうよね!」

「詳しくはないんですけど、今日のは昴さんの車であとの二台は、たぶん会社の車だと思います」

興奮する山根に、花蓮はすぐに身支度を整えると質問が増えないようにそそくさと休憩室を出た。

ふたりで保育園のお迎えをし、三人で食事を終えるとリビングで寛ぐ。

昴のマンションは初日こそ置物、観葉植物、ガラスのテーブルがあったが、よちよちとした歩きで突進し、手当たりしだい口にいれたり破壊しようとする歩那によって早急に配置換えや家具の入れ替えが成された。

床は冷えやすい大理石なので、大きなカーペットを敷いてくれている。これも昴が用意してくれたものだ。
花蓮はソファにもたれ、広い部屋をうれしそうに遊びまわる歩那を見守っていた。

歩那のお世話以外、本当になにもすることがなくて落ち着かない。
でも、“あの日”から走り続けてきた花蓮にとって、初めて一息ついた瞬間であった。

「あっちあーち」

「なに? 歩那。あっちの部屋いきたいの?」

歩那が昴の足にしがみ付く。
三日ほどは、ここはどこ、この人は誰といった態度であったが、昨日くらいから昴の存在を甘えて良い人なのだと認識しつつあった。
今朝は昴が初めて、おむつ替えと着替えをやってくれた。おかげで、余裕ができた花蓮は久しぶりに化粧をして出勤した。といってもファンデーションと眉とリップだけだが、以前の眉だけより幾分ましだと思う。
それだけで気分がいつもより明るくなった。

目ざとい山根にはすぐに「いい男は女を変えるのよねぇ」などとからかわれたが、悪い気はしない。
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