愛されていたとは知りませんでした。孤独なシンデレラは婚約破棄したはずの御曹司に秘密のベビーごと溺愛される
仕事は怪我に負担が少ない配置にしてもらい、家でも殆ど家事と育児まで頼りっきりだったおかげか、腕の怪我は早々に治りつつあった。鈍い痛みはあるものの、あと少しで完治しそうな状態まできている。

昴との生活はとろりとしたシロップに浸るようで、昔のすべてが受け身で、何も出来なかった自分に戻ってしまいそうで怖い。
不自由のない暮らしは捨てた筈の過去であって、今の自分には分不相応だと感じた。

自分の力で叶えたものではない。
ボロボロのアパートが花蓮の今できる精一杯の生活だ。

(今日帰ったら、昴さんに話をしなくっちゃ)

「花蓮ちゃん、今日も王子様が迎えに来るの?」

仕事を終え、事務所に戻ると1時間前に先に上がったはずの山根がまだ、煎餅をかじりながら同僚とおしゃべりをしていた。
昴は毎回、高級車に乗り三つ揃いのスーツを纏って現れる。

仕事帰りだからスーツなのはしかたがないが、なんだか目立って仕方がない。職場のおばさん達は彼氏が出来たとか、愛し合っていたのに引き裂かれていた夫が迎えに来たなどと面白がって噂している。

「王子ってなんですか?」

「あだ名よ。あだ名! シンデレラのように貧乏だけど心清らかな働き者の美人さんを、お金持ちのイケメンが迎えに来るのよ? センスいいでしょ」

「貧乏って、ひどいじゃないですか」

「王子様のおかげで花蓮ちゃんも綺麗になってきたわよね。あ、もともと美人よ? でもしゃれっ気出てきたっていうか……今日もリップかわいいしね」

山根はウインクを飛ばしてきた。

自分のことはさておき、彼が王子なのは間違いではない。
昴の存在はたった二週間で名物のようになってしまい、山根は昴がアイドルかのように熱を上げていた。

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