伯爵令嬢は胸を膨らませる〜「胸が小さいから」と婚約破棄されたので、自分のためにバストアップしてからシスターになります〜

僕と恋をしてみない?

「どういたしまして。礼には及ばないよ。君は聡いから心配してないけど、くれぐれも怪しい薬には気を付けてね。僕はエチケットブックの内容を把握してないから、余計なお世話だと思うけど」

「薬? 胸を大きくする薬ということ? ……まあ興味がないといえばうそになるけど、そんなものがあったらみんな使っているし、都合がよすぎるでしょう」

「そうだね。世の中はそんなに甘くない。何かを得ようとすれば何かを払う必要がある。時間だったり、お金だったり、命だったりね。まあ分かってると思うから気にしないで。それで、毎回悪いんだけど、ロード・デイルのことについて聞いてもいいかな」

「いいわよ。協力するのが条件だし、あなたの事情を探るつもりもないし」

 この一か月、ヴィンセントは会うたびにサイラスのことを尋ねてきた。あきらかにサイラスを調べているのだが、わたくしは面倒事に首をつっこむつもりはないから答えるだけだ。

「ありがとう。ロード・デイルは君との婚約破棄前にいつもと違う行動をとったりしていなかった?」

「いつもと違う行動? 別にいつも一緒にいたわけじゃないから……そうね、ううん」

「やたら婦人に言い寄っていたとか、急に肌艶がよくなったとか、何でもいいけど」

 サイラスの肌艶に何の関係が? とつっこみたくなったが、肌艶とは関係のないことをひとつ思い出した。

「そういえば令嬢が訪ねてきたことがあったかしら。ただならない様子で、しかも一度に五、六人くらい」

「それはとても興味深いね。続けて」

「わたくしがデイル伯爵家にいて、急に来客があったから帰ってほしいって入れ違いだったから、詳しくは分からないけど……何だかみんな具合が悪そうで、泣き叫んでいる人もいたわ」

「それは穏やかじゃないね」

 ヴィンセントの瞳は冷ややかだった。いつも微笑んでいる印象なのに珍しく、嫌悪のようなものも感じられて、わたくしのことではないのに身がすくんだ。

 気付いたのか、ヴィンセントの雰囲気が緩む。

「不愉快なことを思い出させてごめんね。貴重な情報をありがとう」

「ええ。役に立てたのならよかったわ」

「不快な気分を忘れるために明るい話に戻そうか。君の肉体改造が順調で喜ばしいけど、もし効果が出ていないようだったらひとつ方法を提案しようと思ってたんだ」

 ひとつ、方法を、提案。頭の中で繰り返す。思い当たったことがあって、半歩後ずさりした。

 噂で、胸は触られると大きくなるというのを聞いたことがある。まさか? それ? 女たらしなら普通なの? この変態が!

 ヴィンセントが目を細める。

「僕と恋をしてみない?」

 予想外すぎて声が出なかった。

『ちょっと待ちなさい絶対に手は出さないって言ったでしょう変態!』と口をひらこうとする。

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