鮮血の妖精姫は、幼馴染の恋情に気がつかない ~魔法特待の貧乏娘、公爵家嫡男に求婚されつつ、学園生活を謳歌します~

これからへの期待と、終わることへの不安

「……アーロン様?」

 髪にキスされたマリアベルは、不思議そうにぱちぱちと瞳を瞬かせる。
 彼女の態度や言葉には、動揺や照れ、愛おしさといったものは、宿っていないように見えて。
 アーロンは、そんなマリアベルの反応にちょっとだけ寂しそうに微笑んでから、もう一度、柔らかな銀糸に唇を落とした。

「……ベル。おそらく今日には、マニフィカ家にも話がいっていると思う。真剣に考えてもらえると、嬉しい」
「……? はい……」

 なんのことだろう、と思った。
 アーロンから詳しく話を聞いてみたかったが、彼はそれきり黙ってしまって。
 なんとなく、マリアベルも彼に合わせて言葉を減らしたから。
 二人とも起きているのに、静かな帰り道になった。

 馬車がマニフィカ家に到着すると、先に馬車からおりたアーロンが、マリアベルに向かって手を差し出す。

「ありがとうございます、アーロン様」

 マリアベルも、慣れた様子で彼の手をとる。
 公の場でなくたって、彼はいつだってこうなのだ。
 流石のマリアベルだって、慣れるというものである。
 いつもなら、互いに挨拶をしたらこれで解散。
 しかし、今日は違って。
 アーロンは、マリアベルが馬車をおりたあとも、彼女の手を離さなかった。
 日が暮れ始めており、辺りはオレンジ色に染まっている。

「アーロン様?」

 どうしましたか、とマリアベルはアーロンを見上げる。
 夕暮れの中、彼はどこか名残惜しそうな、寂しそうな……。まだ帰りたくない、離れたくないと言い出したいのを我慢している、子供みたいな顔をしていて。
 そんな彼が心配になって、じっと覗き込んでいると、ふわりと何かに包み込まれて、視界が暗くなった。
 長身のアーロンに抱きしめられて、彼の胸板にぽふっと顔を埋める形になったのである。
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