両手でも抱えきれぬ愛で贖えるものなら
幸せだった日々
社会人になって2年目。

と言っても、レストランでのピアノ演奏、ピアノ講師だけでなく、単発のバイトまでしているという、典型的な“お金を注ぎ込んで音大を出たのに、稼げない暮らし”である。

しかし、私は別に今の暮らしに不服はない。

才能がなかったのは仕方ないこと。

プロの音楽家になれる人は、ほんの一握りだから。

実家がそれなりに裕福ということもあり、親も私が稼げないからと言って、特に文句も言わない。

今の仕事を、私はいずれも楽しんでいる。

さほど物欲もないので、質素な暮らしでも満足だ。

夜、ベットに横たわって本を読んでいたら、電話が鳴った。

「三井さん?及川です」

彼氏の及川くんからである。

もう長い付き合いでも、親しき仲にも礼儀を忘れない彼が大好きだ。
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