両手でも抱えきれぬ愛で贖えるものなら
お言葉に甘えて、彼の部屋に上がる。

誘惑という、男の言葉がちらつく。

正直、誘惑の仕方など知らない。

キッチンに向かおうとする彼の手をそっと握ってみた。

及川くんは、驚いたように私を見ている。

私は手を握りしめたまま、じっと彼の瞳を見つめてみた。

誘惑と言われても、そんな子供じみたやり方しか出来なくて…。

彼も私を見つめ返してくれたものの、先に目を逸らされ、

「なんか…照れるよ、急にそんなことされると」

笑ってそう言われたので、私は手を離した。

いつもなら、相変わらずシャイな人だなと微笑ましく思ったのに、今夜に限って、何故だろうか。

「アンタの片想い」

あの、嫌な男の言葉が、やけにリアルに感じられてしまった。
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