愛した人は剣奴だったから
4 レンシーの複雑な過去
「レンシー、あなたには力仕事をしてもらいますよ」
今朝、テラスに命じられていた。しばらく、ここで飼われるようだ。レンシーは屋敷の裏手で大きな斧を握り締めていく。
(なんで、こんなことに……。くそっ)
薪を割り続けるレンシーの顔は険しかった。あれは、四日前の午後。レンシーはオスベル郊外の農園の木陰で休息していた。見知らぬ女が現れた。歳は四十代といったところだった。
『レンシー、こんにちは。うちのお嬢様があなたを愛人として迎え入れたいと申されています。名誉に思いなさい。アデリア様はジク王子の従妹にあたる貴族の御令嬢です。アデリア様に家督を継いでいただかないと困ります。どうか、子供を作るのを手伝って欲しいのです』
愛人? 言っている意味が分からなかった。樹齢三百年のオリーブの林で珍妙な事を言われて戸惑っていると、唇を吊り上げながら薄っすらと笑った。
『あなたは、元軍人ですね。あらあら、妙ですね。ゴビ商人に売られた奴隷なら肩に星型の焼印がありますが、あなたには無いのね……』
その言葉に警戒しながらも、余計な事は言わぬように口を結んでいた。
『あなたの生い立ちに関しては察しがついているのよ。あなたは、本来ならば、ゴビの奴隷商人によって売り飛ばされていたところだわ。でも、あなた、自分の意志でオスベルにもぐりこんで農園で暮らしているのね?』
その通りだった。
『ここの農園の経営者は、ザトラの王家と懇意にしていたオスベルの騎士階級の者だわ。農園主の妻は帰化したユーラカス人ですね。彼等は、あなたを匿っているのね』
それに対しても返事をすることなく睨みつけていると、テラスはフフッと微笑んだ。
『あなたにとって、悪い話ではないと思うのよ。アデリア様があなたの子を産んだなら、一生、責任を持って、あなたとあなたの妹を守るわ』
『嫌だと言ったらどうするつもりだ』
『レンシー・アスベル。あなたはノラカンナの将校だわ。戦後、お尋ね者になっていますね。オスベルに滞在してるゴビの役人に通報してもいいのよ』
『レンシーは故郷ではよく付けられている名前だ。オレは将校じゃない』
『いいえ、その耳飾りは平民が身につける事のできないものですよ。まさか、イリアス王子の親友の将校のものを盗んだりはしないでしょう?』
ドクンッ。まるで、世界が音を立てて揺れたような気がした。
イリアス……。唐突に出てきた名前に反応して思わず身構えずにはいられない。もしも手元に剣があれば喉に突きつけていたかもしれない。
テラスは謎めいた表情で告げた。
『実は、わたしはユーラカスの王妃様の侍女だったのですよ。王妃様は囚われる前に毒を飲んで自害なさいましたわ。わたしも飲んだのに死に損ねてしまいました。毒の後遺症で苦しみましたよ』
過去を振り返るテラスの声は震えていた。
今朝、テラスに命じられていた。しばらく、ここで飼われるようだ。レンシーは屋敷の裏手で大きな斧を握り締めていく。
(なんで、こんなことに……。くそっ)
薪を割り続けるレンシーの顔は険しかった。あれは、四日前の午後。レンシーはオスベル郊外の農園の木陰で休息していた。見知らぬ女が現れた。歳は四十代といったところだった。
『レンシー、こんにちは。うちのお嬢様があなたを愛人として迎え入れたいと申されています。名誉に思いなさい。アデリア様はジク王子の従妹にあたる貴族の御令嬢です。アデリア様に家督を継いでいただかないと困ります。どうか、子供を作るのを手伝って欲しいのです』
愛人? 言っている意味が分からなかった。樹齢三百年のオリーブの林で珍妙な事を言われて戸惑っていると、唇を吊り上げながら薄っすらと笑った。
『あなたは、元軍人ですね。あらあら、妙ですね。ゴビ商人に売られた奴隷なら肩に星型の焼印がありますが、あなたには無いのね……』
その言葉に警戒しながらも、余計な事は言わぬように口を結んでいた。
『あなたの生い立ちに関しては察しがついているのよ。あなたは、本来ならば、ゴビの奴隷商人によって売り飛ばされていたところだわ。でも、あなた、自分の意志でオスベルにもぐりこんで農園で暮らしているのね?』
その通りだった。
『ここの農園の経営者は、ザトラの王家と懇意にしていたオスベルの騎士階級の者だわ。農園主の妻は帰化したユーラカス人ですね。彼等は、あなたを匿っているのね』
それに対しても返事をすることなく睨みつけていると、テラスはフフッと微笑んだ。
『あなたにとって、悪い話ではないと思うのよ。アデリア様があなたの子を産んだなら、一生、責任を持って、あなたとあなたの妹を守るわ』
『嫌だと言ったらどうするつもりだ』
『レンシー・アスベル。あなたはノラカンナの将校だわ。戦後、お尋ね者になっていますね。オスベルに滞在してるゴビの役人に通報してもいいのよ』
『レンシーは故郷ではよく付けられている名前だ。オレは将校じゃない』
『いいえ、その耳飾りは平民が身につける事のできないものですよ。まさか、イリアス王子の親友の将校のものを盗んだりはしないでしょう?』
ドクンッ。まるで、世界が音を立てて揺れたような気がした。
イリアス……。唐突に出てきた名前に反応して思わず身構えずにはいられない。もしも手元に剣があれば喉に突きつけていたかもしれない。
テラスは謎めいた表情で告げた。
『実は、わたしはユーラカスの王妃様の侍女だったのですよ。王妃様は囚われる前に毒を飲んで自害なさいましたわ。わたしも飲んだのに死に損ねてしまいました。毒の後遺症で苦しみましたよ』
過去を振り返るテラスの声は震えていた。