愛した人は剣奴だったから
 そんなこと思い返していると、それらの記憶に寄り添うようにテラスが言った。

『末息子のイリアス王子は勇敢で利発な方でしたわ。衣服は下端の兵士と変わりない質素なものだったと聞いております。彼は、粗末な外套に包まって地べたで眠りについていそうですね』

 決戦の地はサボテンや潅木が生えるだけの荒涼とした奇岩地帯。尖った岩場に囲まれた場所で逆転を賭けた戦いを仕掛けたが惨敗した。 

 ビュービュー。無数の砂が舞う乾いた大地に無数の死体。飢えた鷹どもが遺体に群がり目玉や腸を貪る。おぞましい光景だった。あたかも、その場にいたかのようにテラスが話し続けている。

『イリアス王子の遺体の腹部には深い矢傷があったのです。逃亡する体力も無かったのでしょう。ゴビの捕虜になる前に忠臣の若者が王子の首を切り落としたそうですね。王子の顔は獣に食われて潰れていたようですわ』

 ゴビの兵士たちはノラカンナの兵士の耳飾や腕輪を剥ぎ取ることに夢中だった。しかし、ゴビの将軍が眉を曇らせた。おかしなことに気付いた。

『なぜだ! 忠誠心の塊のような従者の遺体がないぞ!』

 ノラカンナ随一の戦士と言われる男が、大切なイリアス王子の亡骸を置いて逃げるだろうか?  

『探せ! 探せ! どこかにいるに相違ない。徹底的に探せ。必ず、奴を捕らえろ!』

 それから数年。レンシー・アスベルの行方は分からなかったのだが、こんなところに潜んでいたのですねと言いたげに目の奥を光らせている。

『落ちぶれたとは言え、あなたは貴族。アデリア様のお相手になってもらいたいのです』

『断ると言ったらどうする?』

『あなたをゴビの王に差し出しますよ。たっぷりと賞金がもらえますからね』

 冷ややかな物言いで服従を促がしている。

『ノラカンナの鉱脈の正確な場所を知っているのは末息子のイリアス王子だけ。他の王子は自害しています。ゴビは貴重な鉱山を奪うつもりでした。彼等はレンシー・アスベルの行方を探しています。あなたが、わたくしの望みを叶えてくださるのなら、あなたの妹をしかるべきところで保護してさしあげますよ』

 テラスは念を押すように囁いている。

『あなたの妹は修道院で読み書きを習えます。ねぇ、あなたにとって悪い話ではないでしょう?』

 久しぶりにゴビの話題に触れたせいなのかもしれない。肩に刻まれた古傷が疼き、自分を嘲笑う砂嵐のように感情を乱されてしまった。

 自分を信じて闘った部下の殆どが異国の地で無残に死んだ。残酷で鮮烈な光景が浮上すると眩暈がして吐き気に襲われる。あの時はどうしようもなかった。苦しい決断だった。消滅へと雪崩れ込む凄絶な日々を忘れた事など無かった。仲間を置いて撤退するしかなかった。

 迂闊だった。名前を変えておくべきだった。しかし、どうしてもレンシーという名前を使い続けたかった。

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