愛した人は剣奴だったから
『役所で、全員の財産目録を見れば分かるのよ……。だけど、あまり現実的とは言えないわね』

 そんな労力を費やす時間もお金もなさそうだ。

『でも、名前だけ教えて。もしも、どこかの御屋敷でその名前のノラカンナ人の奴隷を見かけたら、あなたに教えてあげる』

『ピサナと申します。黒髪に青い目の十五歳になる女の子です』

『また会えるといいわね』

 少し話しただけなのだがサビナの涼やかな瞳は潤んでいた。

『アデリア様……。どうか、この菓子をレンシー様に食べさせてあげて下さい』

 ノラカンナはハチミツの産地として有名なところなのだ彼女は教えてくれた。そのハチミツと炒ったアーモンドを絡めて作った郷土菓子だというのである。

(ふふっ。きっと、レンシー、喜んでくれるわね)

 帰宅してすぐに薪を積んだ小屋に向かうとレンシーが作業していた。

「レンシー、このお菓子、あなたにお土産よ」

 一目見て、故郷のものだと分かったのか眩しげに目を眇めている。

「どこで手に入れた?」

「知り合いのノラカンナ人の女性から貰ったの。食べたくないのなら、あたしが食べるわよ」

「いや、オレが食う」

 すぐさまレンシーは焼き菓子を豪快に頬ばった。懐かしさに頬が揺れているかのように見える。その口許が美味しそうに緩んでいる。

 いつもは素っ気ない態度をとるというのに、この時ばかりは柔らかい口調で告げたのだ。
  
「ありがとう。美味かったよ」

 そして、アデリアの頭をポンポンと叩いてから去ったのだ。胸がくすぐったくなり、アデリアは飛び跳ねたくなった。

(んふふ。レンシーに褒められちゃった)

 しかし、その様子を見ている者がいた。それは、アデリアの姉のシルミスと、その友人のユカラだった。

 二人は、二階の裏窓から見下ろしたまま、互いに意味ありげに微笑んでいたのてある。ユカラが言った。

「あれが、アデリアのお気に入りの奴隷なのね……。確かに、いい身体をしているわね。アデリアったら、初心なフリをしているけれど、ちゃっかり、あんな上物を見つけてくるなんてね……。憎らしいわ。あたしの奴隷よりもうんといい男じゃないの」

「あらあら、ユカラ……。あなた、人のものを欲しがるのは悪いことよ」

 そう言いながらも、シルミスは満足そうに目元を緩めている。天気のいい午後。屋敷の噴水は、いつものように清らかな水を巡回させているけれども、シルミスのユカラの中では邪悪なものが漂っている。

 そして、この翌日。ちょっとした問題が起きるのだ。

      ※

 この日、アデリアは早めに沐浴を終えると新しい緑色のドレスに着替えていた。これから盛大な宴が開かれるということもあり、厨房はバタついていた。

 自室にいても奴隷達の慌てた様子が伝わってくる。

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