愛した人は剣奴だったから
 侍女が丹念に金色の巻き髪を象牙の櫛で梳きながら言う。

「今夜はシルミス様のお誕生日ですわね。アデリア様の髪を華やかにしてさし上げますね」
 
 朝のうちに、胡桃、乾燥イチジク、オリーブ油、青菜、海老、魚醤などの食材が屋敷に運び込まれている。午後になると豚や孔雀や鶏などの家畜が屠られた。

 奴隷達が中庭の回廊の柱の木々の枝や柵などにオイルランプを設置した。夕刻になると一斉に点火される。どっぷりと日が暮れる頃、人が集まった。

「ようこそ、みなさん」

 今夜の宴の主催者であるシルミスが皆を招き入れていく。

 艶やかな絹の衣服をまとった優美な五名の貴婦人が集まり横臥台に寝そべった。

 横たわったまま食べながら談笑しているのだが、これは、オスベルの社交界ではお馴染みの豪華絢爛で退廃的な光景である。 

 頭に孔雀の羽などをつけて着飾った数人の楽師達が宴席を大いに盛り上げている。

 砂糖や香辛料を駆使した焼き菓子や料理が所狭しと並ぶ中、今宵の主役のシルミスが入り口を指差しながら楽しげに告げた。

「皆さん、私達のセネカがこちらに来ましたわよ」 

 物語を朗読するセネカは女達の憧れの的とになっていた。セネカにうっとり酔い痴れるような空気が漂うが、しかし、アデリアはセネカの軽薄な顔など見ていなかった。宴の片隅でぼんやりしていると、人一倍好奇心の強いメリウスが楽しげにアデリアの脇を突きながら囁いた。

「ねえ、聞いたわよ。アデリア、あなた、若い男を街角で拾ったそうね。どんな人なのよ。教えなさいよ」

「……えっ」

 警戒の色を見せながらも曖昧にしたまま、愛想笑いで誤魔化していた。言いたくない。しかし、運悪く、厨房からレンシーが出てきた。大きな皿に子豚を丸ごと焼いたものを運んでいる。今夜の彼は、宴の給仕役として借り出されていたのだ。

 生憎、こういう事には不慣れなのか動きがぎこちない。

 しゃがみ込もうとするレンシーの太股が丸見えになっていた。好奇心の強いメリウスが楽しげに目を細めて太股に手を伸ばそうとする。

 女達の邪な気配を察知したレンシーが身をかわす。すると、熱々に蒸した子豚を乗せた皿が傾いていく。そして、左脇で寝そべっていたユカラの方へと垂れ落ちていく。濃厚な肉汁が彼女の袖を汚した。

「熱いじゃないの! なんてことなの!」

 ユカラが烈火の如く眦を歪めて激怒する。スックと立ち上がると同時に、パーンッと力任せにレンシーの顔を叩いた。

 ピシッ! ユカラが嵌めている指輪のせいでレンシーの頬に血の筋が走った。更に、叩こうとしたので庇い立てるようにアデリアが手を広げて守ろうとした

 激怒するユカラの前に進み出ながら叫ぶ。

「やめて! レンシーは郊外の農園で働いていたから、お給仕の仕事に慣れていないのよ!」

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