愛した人は剣奴だったから
 複数の不穏な視線が交じり合っていく。

 ユカラはアデリアを突き飛ばすように睨みつけていた。他の者は眠たげな顔でキョトンとしている。

 今夜の主役であるシルミスが軽やかに仲裁しようと割り込んできた。

「ユカラ。どうか怒らないでくださいね。この奴隷は妹のお気に入りなのよ」

「これが噂の愛人なのですか?」 

 久しぶりに面白いものを見つけたとばかりにユカラが目を細めている。

 男好きで陽気なメリウスが緊張の糸を解くようにして、大袈裟にプツンと笑い出した。

「やーだ。だからそんなにムキになるのね! アデリアったら可愛いわね~」

 好奇に満ちた薄ら笑いが波紋のように広がっていくが、アデリアは顔を強張らせて黙っていた。欺瞞に満ちた空気にうんざりしていた。

 奥歯を噛み締めるようにして、アデリアは黙り込む。

「あーら、ごめんなさいね、大切な恋人の顔に傷がつきましたね」

 薄笑いのユカラが心にもない事を言う。全員がレンシーの身体を嘗め回すように観察している。誇り高いレンシーは屈辱を感じているに違いない。

 彼は床に這いつくばったま、黙々と汚れた床掃除をしている。それをニヤニヤしながら女達が堪能するようにして見つめている。大好きなレンシーが見世物になったようで不愉快だった。アデリアも作業を手伝いたかったが、立場上、決して許されない。

「あたし、気分が悪いので先に休みます」

 アデリアが席を立つと、ユカラが眉を顰めて意地悪い声音で嘲るように囁いた。

「あなたは、いつも、そうやって先に退出していますね。気分が悪いなんて嘘でしょう?」

 アデリアは何も答えたくなかった。唇を噛み締めて立ち去るが顔を曇らせていた。心に渦巻く黒い感情を皆の前で吐き出してやりたい。

(ダラダラと食べてダラダラと自慢するだけのくだらない宴だわ! あなた達は馬鹿なのよ! みんな無能なのよ!)

 けれども、内にこもってウジウジしている自分こそが無能なのだと自覚している。いつも、テラスの陰でメソメソしている。

(あたしは何も出来ないわ。みんなから浮いているわ)

 根暗で役立たずのお嬢様。色んな意味で幼稚な自分に嫌気が差して落ち込まずにはいられない。
  
 レンシーは働けと言う。働くということがオスベル貴族のアデリアにはピンとこない。それでも、レンシーの言葉は胸を刺激していた。すぐには変われないが、とにかく、このままではいけないと思い始めていたのだった。

          ※

    
 

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