愛した人は剣奴だったから
6 行き違い
 アデリアは顔色を変えて執務室に飛び込んでいた。焦れたように声を震わせたままテラスに訴えていく。どうしても今回の事は我慢ならなかった。

「ユカラにレンシーを売るなんてひどいじゃないの!」

 焦っているせいなのか、声音が掠れて裏返ってしまう。

「テラス、なぜ、勝手にそんなことを決めたの。酷いわ! すぐさまユカラから買い戻してよ!」

「どうか冷静になって下さいませ。アデリア様が家督を継げなかった場合は奴隷はシルミス様のものとなります。鉱山や剣闘士養成所に売られるよりも幸せだと思いますよ。ユカラ様の護衛という名目で愛人になれば色々と贅沢が出来ますからね」

「あっ……」

 言葉に詰まって立ち竦む。甘い考えを打ち砕かれて呆然となった。無駄を嫌うシルミスがレンシーを雇い続けるとは思えない。

(そうなのね。あたしが遺産を相続しないと彼を失うってことなのね)

 庭に向かい、噴水の縁に腰掛けたままフーッと落ち込んでいた。

 塀際にピンクの大振りの花が咲いているのだが、それは茎の形が剣に似ているので剣花と呼ばれている。アデリアは庭師の老人の奴隷が働く様子を眺めながら考えていた。

 貴族の収入源は農地だ。それをうまく管理できなければ没落してしまう。家督を継ぐのに相応しいのは、やはり姉だろう。でも、自分が継がないとレンシーを買い戻せない。

 深々と沈み込んでいると長い影が近寄ってきたが、振り向く元気さえもなかった。

 シルミスだった。姉がアデリアを覗き込んでいる。

「こんなところでどうしたのです? 浮かない顔をしていますね」

「お姉様!」

 すがりつくようにして切々と打ち明けていく。

「ユカラは、いつも意地悪なのです。あたしを困らせたくてレンシーを買ったのよ」

「あなたは、いつだってみんなから距離を置いています。そういう態度がユカラは気に入らないのよ」

「あたしは社交界が苦手なのです」 

「あらそうなの? でも、だからって、一人だけつまらなそうな顔をするのは良くないわ」

「だって、本当に退屈なんだもの」

「どうして、退屈なの?」

「……だって、ユカラは愛人のことばかり話してるわ。あの人の頭は空っぽよ」

「あら、でも、あなたもレンシーに夢中じゃないの? 人の事は言えるのかしら」

 痛いところを突かれて言葉に詰まっていた。所詮、自身も中味の薄い人間なのだとアデリアは痛感していた。

「そうですね。やっはり、お姉様は賢いわ。どうか、お姉様が家を継いで下さい。あたしは、どこかの寺院で質素に暮らします。それが一番いい事だと思っています」

 その代わり、レンシーを買い戻せるようにユカラに言って欲しいと告げると、シルミスは首を振った。

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