愛した人は剣奴だったから
「いいえ。あの人の性格は知っているでしょう。ユカラは決して返してくれませんよ。わたしならレンシーを連れて国外に逃げるわね。あなたの従兄のマサリ王子なら協力してくれるのではありませんか? お金の事も相談に乗ってくれますよ」
「それは名案です。でも、どうやって、ジクまで行けばいいのかしら?」
いつもは旅の手配はテラスがしてくれている。街道筋は何かと物騒だ。うっかりしていると誘拐されて見身代金を要求されるだろう。泥棒や追い剥ぎも宿屋や居酒屋に潜んでいるという。
「移動するには勇猛果敢な護衛が必要ですね。愛するレンシーを連れて行けばいいのです。彼の事が好きなのでしょう?」
黙ったまま頷くとシルミスが優しく微笑んだ。
「でも、夫がいる身でありながら愛人を欲しがるユカラの気持ちも分かるのよ。何しろ、ユカラの夫は七十歳の老人ですものね」
「なぜ、そんな人と結婚したのかしら」
「もちろん、政略結婚に決まっているわ。ユカラの御宅は兄を元老院に入れる為に娘を有力者に嫁がせたのよ。みんな、一族の繁栄の為に努力しているのよ。あなたは、自由きままでいいわね」
「なるほど、そうなんですね。確かに、あたしは家の事なんて考えていないわ」
本当ならば、テラスが勧める見合い相手と結婚するべきなのだ。しかし、愛の無い結婚は人の心を蝕む。ユカラのように虚しい人生は歩みたくない。そんな事を思っていると、シルミスが言った。
「もう、あまり時間はないわ。ユカラがレンシーを引き取りに来るまでにお逃げなさい。夜まで、テラスも家を留守にしているわよ」
優しく指南する目の奥には怪しい光が滲んでいる。
「道中は粗末な宿に泊まりなさいね。そうすれば追っ手の目も誤魔化せますよ」
※
「ありがとう、お姉様。そうします」
まるで子犬だわとシルミスは思った。アデリアは跳ねるようにして立ち去っていく。シルミスは心の中で呟いていく。黒い靄の様なものが胸に滾っていた。
(馬鹿な子ね。あなたは、いつも騙される。レンシーを奪うようにユカラを唆したのはあたしなのよ)
強張った微笑みを顔に貼り付けたまま心の中で悪態をついていく。
(さっさと消えてちょうだいよ! なぜ、気付かないの。あなたは邪魔なのよ)
仮にも姉妹。さすがに殺したい程に憎いという訳ではないが、ここにいてもらっては困る。
おねぇしゃま、おねぇしゃま。幼い頃のアデリアはお姉様という言葉が言えなかった。
いつも、たどたどしい足取りで子犬のように纏わりついてきた。母親が同じならば素直に愛せたのに……。
幼い頃のシルミスは卑屈な気持ちを抱えていた。アデリア母が嫁ぐことが決まるとシルミスの母は遠くに追い払われてしまった。
(あたしの母は、ただの愛人に過ぎなかったのよ)
「それは名案です。でも、どうやって、ジクまで行けばいいのかしら?」
いつもは旅の手配はテラスがしてくれている。街道筋は何かと物騒だ。うっかりしていると誘拐されて見身代金を要求されるだろう。泥棒や追い剥ぎも宿屋や居酒屋に潜んでいるという。
「移動するには勇猛果敢な護衛が必要ですね。愛するレンシーを連れて行けばいいのです。彼の事が好きなのでしょう?」
黙ったまま頷くとシルミスが優しく微笑んだ。
「でも、夫がいる身でありながら愛人を欲しがるユカラの気持ちも分かるのよ。何しろ、ユカラの夫は七十歳の老人ですものね」
「なぜ、そんな人と結婚したのかしら」
「もちろん、政略結婚に決まっているわ。ユカラの御宅は兄を元老院に入れる為に娘を有力者に嫁がせたのよ。みんな、一族の繁栄の為に努力しているのよ。あなたは、自由きままでいいわね」
「なるほど、そうなんですね。確かに、あたしは家の事なんて考えていないわ」
本当ならば、テラスが勧める見合い相手と結婚するべきなのだ。しかし、愛の無い結婚は人の心を蝕む。ユカラのように虚しい人生は歩みたくない。そんな事を思っていると、シルミスが言った。
「もう、あまり時間はないわ。ユカラがレンシーを引き取りに来るまでにお逃げなさい。夜まで、テラスも家を留守にしているわよ」
優しく指南する目の奥には怪しい光が滲んでいる。
「道中は粗末な宿に泊まりなさいね。そうすれば追っ手の目も誤魔化せますよ」
※
「ありがとう、お姉様。そうします」
まるで子犬だわとシルミスは思った。アデリアは跳ねるようにして立ち去っていく。シルミスは心の中で呟いていく。黒い靄の様なものが胸に滾っていた。
(馬鹿な子ね。あなたは、いつも騙される。レンシーを奪うようにユカラを唆したのはあたしなのよ)
強張った微笑みを顔に貼り付けたまま心の中で悪態をついていく。
(さっさと消えてちょうだいよ! なぜ、気付かないの。あなたは邪魔なのよ)
仮にも姉妹。さすがに殺したい程に憎いという訳ではないが、ここにいてもらっては困る。
おねぇしゃま、おねぇしゃま。幼い頃のアデリアはお姉様という言葉が言えなかった。
いつも、たどたどしい足取りで子犬のように纏わりついてきた。母親が同じならば素直に愛せたのに……。
幼い頃のシルミスは卑屈な気持ちを抱えていた。アデリア母が嫁ぐことが決まるとシルミスの母は遠くに追い払われてしまった。
(あたしの母は、ただの愛人に過ぎなかったのよ)