愛した人は剣奴だったから
「連れて行って! 一緒に行くわ!」

「よし。分かった。急げ。アデリア、早く服を着ろ!」

 周囲の様子を窺いながら中庭の繁みへと移動していく。裏門や正門には門番がいるので無理だと感じたレンシーは中庭を囲む高い塀の前へ連れ出していく。そして、確認していた。

「ここから先は引き返せないぞ。本当にいいんだな?」

「いいわ。後悔なんてしないわ」

 レンシーの目を見てコクンと頷く。レンシーが腕を組んでアデリアの足場を作ってくれた。アデリアは塀をよじ登って縁に跨っていると下からレンシーが言った。

「おい、そのままそこに跨っていろよ。落ちるなよ」

 言うや否や、レンシーが先に軽々と塀を乗り越えていったのだ。そして、壁の外側から両手を広げて促がす。

「こっちに降りろ。怖がるな! 受け止めてやる!」

 アデリアは躊躇していた。アデリアの背筋がゾクリとなり腹の底がヒヤッと揺れてしまう。戸惑いがこみあげるがレンシーが続けて言う。

「オレを信じろ! 時間がないぞ! 早くこっちに来い!」

「わ、分かった!」

 彼は正面からアデリアを抱きとめていた。ギュッと抱きついたアデリアの胸に温かみが伝わってくる。地面に脚が着いてホッとしたが呑気に佇んでいる暇など無かった。

「アデリア、走れ!」

 彼は、しっかりとアデリアの腕を引いている。

 レンシーと一緒に夕焼け色の街を走り抜けていく。近隣の家々の奴隷達は夕餉の支度に追われているのか、煮炊きの香りが鼻先をくずぐる。アデリアは問いかけた。

「どこに行くつもりなの」

「おまえの従兄の宮殿に行こう。そこには生き残った同胞がいるんだよ」

「そうね。それがいいわね」

 ここからジクまでは遠いが、レンシーと一緒ならば何も怖くない。ちょうどレンシーに渡そうとしていた宝石が手元にある。これを旅金にすればいい。

 レンシーの言っている同胞というのはノラカンナの残兵のことだろう。彼等は、現在、ジクの国境警備の傭兵として雇われている。

 オスベルとゴビは協定を結んでいる。お尋ね者となっている人物を見かけたなら、互いに引き渡すことになっている。このままオスベルにいたら、ゴビ人にレンシーは引き渡される可能性があるけれど、ジクでは、その心配はない。

 ジクとゴビは反目しており、ザトラ人の残兵の多くがジク領内で保護されてる。

(レンシーのことだって、マサリお兄様に頼れば何とかなるわね)

 それぞれの思惑を抱えたままアデリアとレンシーは屋敷から遠ざかる。行き当たりばったりの展開だった。
 
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