愛した人は剣奴だったから
8 愛の逃避行
夕日が刻々と傾いている。アデリア達は市場で男の子用の衣服と靴を買い揃えていた。
下水溝へと続く階段の踊り場に向かうと男の衣服に着替えた。レンシーはアデリアの高価な髪飾りを小袋に詰めると言い聞かせた。
「いいな。貴重品は常に腰に吊るしておけよ。盗まれないようにしろよ」
レンシーが頭巾のついた外套をアデリアに羽織らせる前にこう言った。
「おまえは男という事にしておくぞ。髪を切るぞ」
レンシーが剣でアデリアの長い髪をザックリと大胆に切り落とすとアデリアは目を伏せた。
(髪は、すぐに伸びるわよね……)
髪を短くした感傷に浸る暇などなかった。都を囲む門は合わせて七つ。ここから一番近いのは第五の門。夕暮れまでに出なければ足止めされてしまう。
夕焼け色に染まる門には行商人と思われる人達の群れが続いていた。役人がアデリア達を眺め回しながら訝しげに検問している。
「なぜこんな時間に外に出るんだよ? 旅の目的は何だ? おまえらは商人には見えないぜ」
役人が疑うようにアデリアの小さな顔を念入りに覗き込むものだから、アデリアは外套の頭巾で顔周りを覆ったまま目を逸らす。
役人の視線が蝿のように執拗にアデリアの顔に絡み付く。
「こいつは女みたいな顔をしてやがるな。こないだも、男の格好をして売春宿から逃げようとした女がいたんだぞ。こいつもそうじゃないのか?」
すかさず、レンシーが言った。
「違う。こいつは男の子だ。こいつは口がきけないし頭も鈍いんだよ。兄さん、そんふうに睨まないでやってくれよ。大金持ちの変態の貴族の別荘に向かうんだよ。どういう意味か分かるだろう」
沿岸部の保養地には少年と戯れる事が趣味の貴族がいる。役人が旅人に対して難癖をつけるには理由があった。賄賂が欲しいのだ。レンシーが小銭の入った財布を手渡すと役人はニヤついて頷いた。
「お稚児の送迎かよ。けっ。御苦労なこったな」
すんなりと通してくれたのでアデリアはホッと胸を撫で下ろす。そのまま通過していくと、大門の外側にも村のような集落がある。
そこには安い宿や飲み屋もあるが素通りすると街道をひたすら南下していった。
「今夜は新月のようだな。暗いけど転ぶなよ。真っ直ぐに街道を歩き続けよう。明け方までミコノスの街まで行くぜ。そこから馬車を借りるぞ」
「うそっーーーー。明け方まで歩くの? 一睡もしないの?」
絶望的な気分になっていた。昼間なら右手に延々と伸びる巨大な水道橋が見えるのだが、今は真っ暗闇に包まれてシンとしている。
すぐ脇にある墓石以外には建造物は何もない。
オスベル人は居住区には墓地を作らない。こういう辺鄙な所に固めて作って聖と死の境目を隔ててきたのである。
(頑張って歩かなくちゃいけないのは分かっているけど、もう、ダメだわ)
下水溝へと続く階段の踊り場に向かうと男の衣服に着替えた。レンシーはアデリアの高価な髪飾りを小袋に詰めると言い聞かせた。
「いいな。貴重品は常に腰に吊るしておけよ。盗まれないようにしろよ」
レンシーが頭巾のついた外套をアデリアに羽織らせる前にこう言った。
「おまえは男という事にしておくぞ。髪を切るぞ」
レンシーが剣でアデリアの長い髪をザックリと大胆に切り落とすとアデリアは目を伏せた。
(髪は、すぐに伸びるわよね……)
髪を短くした感傷に浸る暇などなかった。都を囲む門は合わせて七つ。ここから一番近いのは第五の門。夕暮れまでに出なければ足止めされてしまう。
夕焼け色に染まる門には行商人と思われる人達の群れが続いていた。役人がアデリア達を眺め回しながら訝しげに検問している。
「なぜこんな時間に外に出るんだよ? 旅の目的は何だ? おまえらは商人には見えないぜ」
役人が疑うようにアデリアの小さな顔を念入りに覗き込むものだから、アデリアは外套の頭巾で顔周りを覆ったまま目を逸らす。
役人の視線が蝿のように執拗にアデリアの顔に絡み付く。
「こいつは女みたいな顔をしてやがるな。こないだも、男の格好をして売春宿から逃げようとした女がいたんだぞ。こいつもそうじゃないのか?」
すかさず、レンシーが言った。
「違う。こいつは男の子だ。こいつは口がきけないし頭も鈍いんだよ。兄さん、そんふうに睨まないでやってくれよ。大金持ちの変態の貴族の別荘に向かうんだよ。どういう意味か分かるだろう」
沿岸部の保養地には少年と戯れる事が趣味の貴族がいる。役人が旅人に対して難癖をつけるには理由があった。賄賂が欲しいのだ。レンシーが小銭の入った財布を手渡すと役人はニヤついて頷いた。
「お稚児の送迎かよ。けっ。御苦労なこったな」
すんなりと通してくれたのでアデリアはホッと胸を撫で下ろす。そのまま通過していくと、大門の外側にも村のような集落がある。
そこには安い宿や飲み屋もあるが素通りすると街道をひたすら南下していった。
「今夜は新月のようだな。暗いけど転ぶなよ。真っ直ぐに街道を歩き続けよう。明け方までミコノスの街まで行くぜ。そこから馬車を借りるぞ」
「うそっーーーー。明け方まで歩くの? 一睡もしないの?」
絶望的な気分になっていた。昼間なら右手に延々と伸びる巨大な水道橋が見えるのだが、今は真っ暗闇に包まれてシンとしている。
すぐ脇にある墓石以外には建造物は何もない。
オスベル人は居住区には墓地を作らない。こういう辺鄙な所に固めて作って聖と死の境目を隔ててきたのである。
(頑張って歩かなくちゃいけないのは分かっているけど、もう、ダメだわ)