愛した人は剣奴だったから
 立ち上がった時、よろめいて後ろに倒れそうになった。レンシーが両脇を抱えて引き上げながらも呆れたように言う。

「おまえ、軟弱だな。普段、歩かないから脚の筋力がまるでないんだな」

「ご、ごめんなさい」

「別にいいさ。おまえのせいじゃない」

 オスベルの貴婦人のは建物の中以外の場所は意地でも歩こうとしない。だから、歩くのは苦手なのだ。レンシーは思い出したように語っている。

「そう言えば、初めてオスベルに来た時、オスベルの貴族の女は馬に乗れないと聞いて驚いたことがあった。これからは自分で色んなことが出来るようにした方がいいぜ。オレの国では王妃も馬にも一人で乗れる。草むらでオシッコっていうのも普通にやってるぜ」

「王妃様が、どうしてお外でオシッコをするの?」

「山を移動する時は草陰でやっていたのさ。特に珍しいことじゃないさ。獣道を移動することもある」

「そんなの信じられない……。野蛮よ」

 アデリアも長旅をすることはあるが街道筋には必ず便所があった。便所がない場合は便所となる桶を持った農婦がやってきて、その周囲に帳で囲んだりして細やかに世話をしてくれるのだ。

 そういうのが当たり前の世界で生きてきてアデリアにとっては、野辺でのオシッコは衝撃的とも言えるだろう。

 しかし、それも無事に済み、ホッとしたところで別の問題が生じていた。実は、早く歩けないのには、もう一つの理由があったのだ。

「……おい、アデリア。どうした」

 アデリアは微妙に右足を引きずるような歩き方をしているた。レンシーは振り向いて足元を覗き込み顔をしかめている。

「おい、右足の親指の爪が割れているぞ」

 アデリアの左脚の親指が血に染まっている。患部に顔を寄せながら問い詰めていく。

「いつからだ?」

「王都の検問を受ける少し前からなの。市場で誰かに足を踏まれちゃった。軍人のサンダルの裏は鋲が打ってあるでしょう? すごく痛かったわ」

「我慢してたのかよ」

 コクンと頷いていた。とにかく早く逃げなくてはと気持ちが張り詰めていたので痛みのことを口に出せないでいた。

「これぐらいで騒いではいけないと思ったの」

「だから歩くのが遅かったんだな。早く言えよ。膿むとやっかいだ。消毒しておこう」

 彼は、背負い袋の底を探ると、アデリアの割れた爪に蒸留酒をかけた。ズキッと染みたが、それでも、アデリアは痛みに顔をしかめなから歯を喰いしばっている。

「迷惑かけてごめんなさい……」

「何で、そうやっていつも謝るんだ? おまえの癖かよ? おんぶしてやるよ。その代わり、オレの背負い袋をおまえが背負うんだぞ」

「えっ、おんぶって何なの?」

「こういう事だよ!」

 言いながら、レンシーはアデリアをおんぶした。アデリアは落ちまいとして首にしがみつく。

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