愛した人は剣奴だったから
「むしろ、王族の方が厳格に守っているぜ。求愛を求められた女性は、とりあえず三回は形式的に断ることになっているんだよ。結婚してくれと言われても三回は優雅に断る。面倒くさいが、これくらいお堅い女性でないと王妃になれませんということだよ」

「へーえ。そうなの。オスベルでは処女かどうかは重要な事じゃないわよ。跡継ぎを産めるのかどうかを気にしているのよ」

「もちろん、オレの故郷も農民や商人はそんな形式に拘らないよ。妊娠してから結婚する者もいる。しかし、王家は、妻の処女性を何よりも重視するんだよ」

 言いながら、おどけたように楽しそうに付け足していく。

「あっ、男は、結婚前に大人になるべきだと言われているけどな」

「どういうこと!」

「もちろん、娼婦が、たっぷりと営みの手ほどきをしてくれるのさ」

 その時、アデリアの脳裏に嫌な予感が過ぎっていた。レンシーも娼婦を相手にしていたのだろうか。嫌だ。嫌なのだ。他の女との行為など知りたくない。悶々としているというのに、彼は饒舌だった。

「男達は美しい装飾品を愛する女性に捧げる事に悦びを感じる。ノラカンナの職人は素晴らしい技術を持っている。おまえの国ほど豊かじゃないけど美意識は高い。それなのに美しい建物も工芸品も戦禍によって無残に壊された。ゴビの兵士によって何もかも奪われていった」

「お気の毒だわ」

 アデリアは溜め息混じりに呟いていく。そういえば、悲劇の王族を主題にした愛惜歌を聞いたことがある。

「王子は全て死んでしまったのよね。末っ子のイリアス王子は家臣に頼んで首を切り落としてもらったんでしょう? でもね、オスベルでイリアス王子を見た人がいるそうなのよ」

 急に、レンシーが表情をガラリと変えた。

「誰がそんなことを!」

「盲目の詩人が王子の亡霊を見たそうなのよ。王子は街角で悲劇の末路を嘆いていたそうなの」

「……ああ、王子の亡霊か」

 どこかホッとしたように息を漏らしている。アデリアは無邪気に問いかけた。

「ところでイリアス王子ってどんな人なの? 美形というのは本当なの?」

「どうなんだろうな。ずるくて嘘つきでおまけに変人だと思うぜ」

「えーっ、変人なの? どんなふうに?」

「イリアスは単独行動が好きだった。堅苦しい宮廷でのしきたりや暮らしが苦手で野営地や戦場で暮らす時間が多かった。物心ついた頃からザトラ地方はゴビの脅威にさらされていた。子供の頃から斥候として各地を移動してきた。イリアスのことなら誰よりもよく知っているよ。どんな詳細な出来事も覚えている」

 言いながら、切なさを帯びた顔つきで眉根をクッと寄せている。アデリアは感じ取っていた。この人は戦争に負けて深い傷を負っている。

 レンシーは暗闇の底にある絶望的な何かを引き寄せるように静かに語り続けている。 

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