愛した人は剣奴だったから
「末息子ということもあって、イリアスは公式の場に殆ど顔を出したことがない。十歳の頃、隣国での宴に出席した際、同じ年の従者に王子の衣服を着せて入れ替わったことがある。イリアスは、退屈な祝宴の間、城の外を自由に愛馬に乗って駆け回っていた。他国の者は偽者の王子と本物の王子の区別が付かなかった。従者はイリアスに似ていた。親友だった。いつも行動を共にしていた」

「へーえ! そうなのね! それじゃ、その従者も砂漠で闘ったのよね?」

 そう言うと、レンシーは視線を軋ませながら頷いた。国民が夢見た勝利は得られなかったのだ。

「ああ、そうだ……。あの日も最後まで彼はイリアスのことを守り続けた。戦場は血の匂いに満ちていた。そこは乾いた渓谷だった。石と瓦礫しかない不毛の地で挟み撃ちにされた。イリアスは多くの大切な物を失ってしまった。砂の中に埋もれて朽ち果てるしかなかったんだよ」

 心の軸を絞るように目を細めながら語り続けていく。

「イリアスはオルフェという名の軍馬をとても愛していた。ザトラ随一の栗毛の駿馬だった。太陽の光を受けて走る姿は精巧な金細工のように美しかった。オルフェも戦場で矢に突かれて倒れたよ」

 その声は深く沈み込んでいる。 

「あれ以来、オレは、ずっと後悔している。仲間の顔と想いが胸に刻まれている。ノラカンナに栄光あれ。それが、みんなの願いだった」

 アデリアは、レンシーの背中に顔をすり寄せたまま眠そうに目を細めている。

「じゃぁ、今頃、イリアス王子は天国でオルフェと共に暮らしているわよね」

 アデリアの瞼の縁が下がり眠くなってきた。自然とまどろむような、夢見心地の顔つきになっている。

「レンシーは眠くないの? ごめんなさい。迷惑かけて」

「別にいいさ。約束は守れよ。ジクの王宮に着いたらオレは傭兵に志願する」

 政治のことはあまり詳しくはないけれど、ジクとゴビは昔から互いに牽制しあっているということは聞いていた。特に、国境の街では、いつも水源の事で争っているらしい。

(ジクは、これまでに何人ものザトラの残党を傭兵として受け入れてきたよね……)

 そうやって、ザトラ人が奴隷にならずに生き延びるには傭兵の道しかない。

(祖国を失ったのね。帰る場所がなくなるというのは哀しいことだわ)

 薄れゆく意識の中、ふと、感じていた。

(砂漠で朽ち果てた王子様の従者って、もしかして、レンシーのことなんじゃないかしら。この人、生き残った自分をまるで責めているみたいだわ)

 アデリアは、レンシーの顔を見なくても、彼が辛そうな顔をしていることに気付いていたのだった。 
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