愛した人は剣奴だったから
9 女将
なんだろう。何かチクチクするものが頬をさすっている。

 目を開くと素朴な野花が風に揺れていた。

 アデリアは鞄を枕にして寝ていたようだ。街道の脇にある大木の根元で目醒めたのはいいが、近くにレンシーがいないことに不安を覚えて立ち上がる。すると、背後から呼びかけられていた。

「起きたか。よく眠ったようだな」

「背負って、ここまで来たの?」

「そうだよ。いい感じの木があったから、おまえを降ろして休んだのさ。おまえも、そこの小川で顔を洗ってこいよ。サッパリするぞ。それと、水を汲んだから飲むといい」

 その後、朝日を浴びながら二人は歩き続けた。東の空が少しずつ明るくなっていくにつれて、街道筋の畑や農園に農民が見えてくる。テクテクと進んでいると粉引き小屋が見えてきた。

 やがて街道は二つに分かれることに気付いた。

 どうするのかと思っていたら、レンシーは分岐点の右手へと進んだ。キミコノスの街の方面に向かっている事を示す石の塔が街道の脇に立っているからだ。

 レンシーは村を指差しながら言う。

「標識によると、少し先には国が指定してる駅宿があるみたいだな。よし、そこからは馬車に乗るぞ」

 国の役人が利用する大きな宿では、富裕層の客人を乗せる立派な馬車を手配してもらえる。

 村には小さな市場があり、その周辺には居酒屋や宿や鍛冶屋などがある。さすがに、こんな田舎には浴場はないけれど、村人達は川で身体を洗っているようだ。

前方にある二階建ての宿には、鷲の印のオスベルの旗がかけられている。

「ここ、オスベルの元老院の飛脚が泊まるところたわ」

 重要な情報を運ぶ者は、国が配布した札を見せたらタダて泊まれるのだ。その宿の脇には厩舎がある。

 お嬢様のアデリアとしては箱型の馬車に乗りたいが、そんなお金を使うのはもったいないとレンシーが言っている。慣れた様子でレンシーは荷馬車の所有者と交渉し始めたのである。

 人の良さそうな顔立ちの農民が市場の前で札を持っていた。この人が荷馬車の所有者なのだ。

 彼が手にしている木版にはミコノス方面行きと記されている。料金は、一人、十五セクレル。これが、高いのか安いのかアデリアにはよく分からないけれど、レンシーが髭面の丸っこい顔立ちの農夫に言った。

「おやっさん、二人、乗せてくれ」

「そりゃ、構わないが、あと一人、誰か乗せないと出発できねぇ」

「二人だが三人分、払う」

「よっしゃ、そんじゃ、今すぐ出発だ」

 四輪の粗末な馬車の荷台に乗り込んでいくことにしたのだが椅子などない。

「アデリア、そのまま直に座ると尻が痛くなるから、外套を敷いておけ」

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