愛した人は剣奴だったから
 レンシーが優しく微笑んでいる。その横顔を見た瞬間、スーッと心に風が吹き渡ったかのような気持ちになった。

 ついでに、この家の果物も買わないかと言われたので、アデリアは買うことにした。スモモを齧った後、大きく深呼吸した。

(はぁーー。癒されるわ)

 髭面の農夫は、この村で、荷馬車の馬を別の馬に交換したようだ。同じ馬を続けて走らせると足に負担がかかるので、いつも、こうやって替えているという。

「お客さん、そろそろ行くぜ」

 アデリアが食べ終わると、すぐさま言われた。もう出発するのかと思い、アデリアの顔は曇った。ずっと馬車に乗っていると背中や腰が痛くなってくる。

 レンシーは疲れているのか、お昼御飯をあまり食べていなかった。馬車の荷台に戻る前にレンシーに尋ねた。

「ねぇ、疲れているのなら、この村で休憩してもいいのよ」

「いや、大丈夫だ。先を急ごう」

 レンシーがいいなら構わないけれど……。無理はして欲しくない。ちょっと心配になる。それでも、期日までに納入したい髭面の農夫が馬を急がせたおかげで夕暮れまでに目的地に着くことが出来たのだ。

「お客さん、着きましたぜ。おいら、市内には行かないんだ。ここで降りてくれ」

 荷馬車は、この街道から左折して丘陵地にある別荘地帯に向かうという。

「ああ、分かった」

 レンシーは先に荷馬車から降りると、アデリアを抱きかかえるようにして地面に降ろしてくれた。

 ここからは街の中心部へと徒歩で進む。レンシーは腕を回しながら苦い顔つきで言う。 

「こういうところはスリが多いから気をつけて歩くんだぞ」

 貧民達が暮らす高い建造物が幾つも立ち並んでいる。周囲は地方都市の喧騒に包まれていた。
 
「馬車に揺られながら眠ろうかと思ったけど一睡もできなかったな」

 昨夜、アデリアを背負って明け方まで歩いたせいで背中と腰の筋が張っているようである。彼は、それでも足早に石畳の坂道を進んでいる。

「今夜は、ここで泊まるぞ。街の中心部に行こう」

 タフな男だと感心しながら、その背中を追う。テクテクと歩きながら、ずっと見惚れていた。

(レンシーの後姿をいつまでも見ていたいわ……)

 狭い路地を抜けると立派な円形闘技場が現れて圧倒されるようにして仰ぎ見た。オスベルで二番目に大きな建物で、ここでは、毎日のように剣闘士の試合が行なわれている。

 闘技場の地下空間に剣闘士が住んでおり、その周辺には売春宿が建ち並んでいる。剣闘士の汗を売る屋台を横目で見ながら、レンシーがポツリと言った。

「オスベル人ってのは、みんな剣闘士に夢中なんだな」

 魚人剣闘士、投網剣闘士、闘獣士。奴隷身分の男や戦争捕虜が戦うのだ。凶暴な猛獣が出てきたり、時には、美しい女奴隷の剣闘士が出てくる事もあり、見る人を飽きさせない演出に満ちている。

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