愛した人は剣奴だったから
 河舟に乗って最南端の河口の港町に向かう予定だった。そこから先は外洋専門の巨大な帆船に乗らなければならない。

 ジクという国は海の向こう側の大陸の南端に位置しているのだ。

「マサリが所有する船ならタダで乗れると思うわ。子供の頃から何度も訪問しているんだもの。船長は、あたしの顔を覚えているわよ」

 ジクの王族の紋章旗を掲げた船はジク王国の所有物である。

「百歩譲ってそれが可能だったとしよう。その前に河を下らなきゃならないんだぞ。陸路を歩いて進むと三日はかかる。言いたくないが宿代はどうするんだよ? 公衆浴場に入る金さえもないんだぞ」

 居酒屋の飲食代は前払いで済ませている。それだけが唯一の救いと言えるだろう。

「何か他に金になりそうなものはないのかよ?」

「ごめんなさい。これしかないわ」

 居酒屋の椅子に置いていた袋には手鏡と象牙の櫛が入っているが、たいした額にはならないだろう。

「あたしが働いて稼ぐしかないわね」

「おまえには無理だよ。オレが何とかするさ」

 女将は、椅子の背に乗せている両刃の剣に熱い視線を注いでいる。レンシーが護身用に持ってきたものだ。柄と鞘は古ぼけているが刃先は丁寧に砥がれている。女将がレンシーの肩の傷を馴れ馴れしく擦りながら言う。

「あらあら、兄さんはいいい体をしているね。軍人さんだろう? いろいろコビ人について聞いてきたってことは、あんたはザトラ人で間違いない。喧嘩は得意かい? 手っ取り早く稼ぐ方法があるんだよ。コビ人と出くわすことも無い」

 ふぁーっと、女将は陽だまりの猫のように欠伸をしている。そして、さりげなく付け足すように囁いた。

「ただし、かなりヤバイ仕事なんだよ。それでもいいっていうのなら教えてあげるよ」

「とりあえず、内容を聞かせてくれよ」

 女将は急に真面目な顔になり緊張したように声を落としていく。

「それはね、公然の秘密ってやつなのさ。やばい儀式が始まろうとしている……」

 今は、オスベルのの領土となったが、昔、オスベル南部の群島には、ススリア人が暮らしていた。

 島民は漁をする傍ら、海賊行為を行なって生計を立ててきた。

 オスベルとジクとの交易は昔から盛んだったが、度々、船を襲撃するススリア人の海賊どもを壊滅させるにはどうすればいいのかと頭を悩ませた当時の元老院議員が、苦肉の策として彼等の家族を捕また。

『妻や娘を救いたいなら投降しろ』

 観念した海賊どもを捕まえてこの地域に連行したのである。船を失った彼等は、ここで仕事をするようになり、やがてオスベルの市民として暮らすようになるのだ。

 元々、貧しい島には仕事がなくて仕方なく海賊となった者達も大勢いたので、オスベルの街で暮らすことが出来て改心したという訳である。

「ここは海賊の末裔が作った街なんだよ」

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