愛した人は剣奴だったから
「ふふ、ほんの数人だよ。みんな一人旅の男だったね。死んでも誰も気付きやしない」 
 
 ハッキリとは言わないが、過去に、女将のせいで忽然と消えた男達が何人かいたようである。

「死体は闇から闇に葬り去られてきた。勝てば、ちゃんと多額の報酬を受け取れるんだよ。悪い話じゃないだろう?」

 背中の筋肉や身のこなしを女将は抜け目なく観察している。彼がどういう類の男なのかが分かるらしい。

「あんたなら勝てるよ。なんつーか、あたしは、そういうことに鼻が効くのさ。さぁ、どうするんだい?」

 レンシーは女将と見詰め合っている。双方に心地良い緊張感が走る。

 ハラハラしながら見守っていると、レンシーが観念したように低く告げた。

「分かったよ。その話に乗るよ。オレは金に困ってるから断れやしなない。ただし、条件があるぜ」

 言い継ぎながら、アデリアの肩を引き寄せて女将に語りかけていく。

「先刻の通りでの出来事なんだが……。近所のお喋りな女達に聞かれたなら、オレ達は、お忍びで移動している商人ということにしてくれないか?」

「お安い御用だ。いいとも。ついでに、その坊やが女の子だってことも黙っていてあげるともさ」

「……やはり、バレていたのか。女将、すまないが、オレは裏手にある公衆便所を借りるよ。その間、この子を見張っていてくれよ。こいつは、オレがいないと何をしでかすか分からないからな」

 そう言うと、レンシーは女将の脇を通り過ぎると階下へと向かった。

「ああ、いいともさ。可愛いお嬢さんを見張っていてあげるよ」

 そう言うと、女将は、人懐っこく笑いながらアデリアを手招きした。

「お嬢さんはブカブカの服を着ているね。本気で男のフリをするなら、胸をこれで縛りつけておきな。何しろ、今から行く場所には野獣がいるからね」

「野獣?」

 意味が分からず見つめ返すと、女将が目を眇めた。

「門番は酒癖が悪くて助平だ。あいつは男にも女にも手を出すんだよ」

 革の帯でアデリアの胸を圧迫しながら呟いている。なかなか親切な女性である。無事を祈るよ言いながら御符を渡してくれた。

「うっ。ありがとう。ご、ございます」

 ギュッと、かなりキツク縛られて胸が苦しかったが我慢をする。そして、礼を言うと、女将は可笑しそうに微笑んだ。

「ふふん。あんたも訳ありのようだね。もしかして、恋の逃避行ってやつなのかい? あんたは可愛いが世間知らずのようだね。気をつけなよ。ルーダって娘は、とんでもない性悪女なんだよ」

 女将は秘密めいた顔つきになった。ゆっくりと耳元で囁いている。

「あんたの大切な人が誘惑されないようにしないといけないよ。滞在中、よく見張っておくんだよ」

「誘惑?」

 どういうことなのか聞き返そうとしていると女将がスッと腰を上げた。

< 51 / 104 >

この作品をシェア

pagetop