愛した人は剣奴だったから
 子供のように大きくしゃくり上げながら噴水の中から出た。裸足のままトボトボと葡萄棚の向こうにある大理石の椅子に腰掛けようとするが、レンシーはアデリアを座らせなかった。アデリアの両脇を抱きかかえるようにして尋ねた。

「アデリア、なんで、おまえ、ここにいるんだよ? 風呂はどうした?」

「か、革の帯が解けなかったの。レンシーこそ、なんで、あんなところにいたの? 何をしようとしていたのよ」

 それには答えなかった。彼は複雑な表情を浮かべている。なぜか、クッと唇を噛み締めている。もしかしたら、彼自身も混乱しているのかもしれない。黙ったまま大股で歩くと、アデリアを抱え上げて浴室へと連れて行ったのである。

 アデリアの身体を冷たいタイルにドサッと下ろしていく。

「きゃっ!」

 お尻から床に落ち形で座り込んでいた。レンシーと目が合うと言葉が出なくなる。

 先刻見た光景を思い出すると胸が苦しくなってくる。余りにも悔しくて視界が潤み、咄嗟に、こんな言葉を吐き出していた。

「レンシーは獣以下だわ! よく、あんなことが出来るわね! そんなことして恥ずかしくないの!」

 タイル張りの室内に悲痛な声が響いている。ああ、自分はこんなにも取り乱している。ルーダという存在に対して怒っている。我を忘れて真っ赤になって叫んでいる。

「あなたは、そんな人じゃないと思っていたのに! 見損なったわよ!」

「おまえは、どんな人だと思っていたんだよ?」

「そ、それは……」

 見た瞬間から心を射抜かれていた。

 忘れられなかった。雑踏の中を歩く背中を見た瞬間から心を奪われていた。でも、今は、そのことを彼に話せるような状態ではなかった。ハァハァ。本当に息が苦しいのだ。顔色がどんどん悪くなっているのが自分でも分かる。

「アデリア?」

「ごめんなさい。く、苦しいの。急に興奮して走り出したせいかしら」

 最初は心配そうに見下ろしていたレンシーだったが、ふと、何かに気付いて表情を変えていた。

「多分、このせいだろうな」

 言いながら、アデリアをうつ伏せにして転がしている。痩せた背中に指を差し込むようにして革の結び目を解いている。まるで、馬鹿な子犬をからかうように白い歯を見せた。

「タダでさえ小さい胸を締め付けて潰すから、呼吸が苦しくなるんだよ」

「笑わないでよ! あたし、すごく胸が小さい事を気にしているんだから! そりゃ、レンシーはユカラみたいな胸が好きなんでしょうけど。でも、あたしはそうじゃないのよ!」

 レンシーは不思議そうに片方の眉を寄せている。彼は、怪訝な顔つきで呆れたように聞き返していく。

「なんで、そんな事を言うんだよ」

「だって、だって! いつだって、あなたは、あたしに興味がなかったじゃないのよ。あたしを女の子として見ようともしなかったわ!」

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