愛した人は剣奴だったから
 悔しくて恥ずかしかった。でも、言わずにいられない。

「初めての夜、迷惑だと言ったわ。とても嫌そうな顔をしていたわ。あたし、本当は、あの日、すごく傷付いたのよ! あたしを拒否したわね。それなのに、あなたはルーダに誘惑されて、あの人を抱こうとしたでしょう!」

「だからって、どうして、泣くんだよ」

「泣きたいからよ! 哀しいのよ」

 彼は、探るような顔つきでこちらを見下ろしている。

「なんで哀しいんだよ?」

 何とも意地の悪い聞き方をしている。蒸し熱い風呂場の中でアデリアは焦っていた。ドクドクと弾む胸の鼓動を解き放つように深呼吸する。心の堤防が一気に崩されていく。ザーッと感情の渦が真っ逆さまに流れ落ちている。

「そ、そんなこと分かっているでしょう! 何度も言ったはずよ」

 タイルの壁にもたれて座っているアデリアはギュッと目を閉じる。真っ赤になりながら、声を振り絞って叫ぶ。

「好きなのよ! 初めて見た時から好きで仕方がなかったのよ! だから、誰にも渡したくないのよ! あたしは……」

 最後まで言うことが出来なかった。抱き寄せられている。唇に甘い感覚が走る。口付けられた瞬間、身体中が硬直して脚の力が抜け落ちる。

(やだ、どういうことなの……?)

 彼は、アデリアの背中を包み込むようにして抱き締め続けている。

「からかっているの? あ、あなたは、あたしを嫌っているんでしょう!」

「あの夜、誰かに命令されておまえを抱くなんてまっぴらだった」

 耳元に息を吹き込むようにして呟いている。レンシーは優しい目をしていた。オタオタしながら困惑するアデリアの頬や髪を憩うように撫でる。

「最初は、おまえに関わらないつもりだった。出来る限り無視しようと思っていた。でも、無理だと悟った。言っておくが、オレは、興味のない人間のためにこんな苦労はしないよ」

 アデリアの髪がクシャクシャに乱れている。前髪の隙間から覗く大きな瞳は雨に濡れた子犬のように愛らしい。

「あなたは、なぜ、あたしと一緒にここまで来たの?」

「おまえが、そうして欲しいと望んだからだよ」

 レンシー自身もアデリアと一緒にいたかった。だから、ここまで来たのだと言う代わりに唇を綻ばせた。

「こんな、あぶなっかしい奴、ほっておけなかった」

 彼は、アデリアの華奢な腰を引き寄せてから長い溜め息を吐き出した。

「おまえがオレの人生を変えたんだ」

 レンシーがアデリアの胸に触れる。アデリアは、その瞬間、反射的に首を振る。

「嫌!」

 すると、彼はアデリアの耳元に口を寄せながら、まるで懇願するようにこう言った。

「なぁ、アデリア、あと一回、嫌だと言ってくれないか……」

 そう告げられて、すぐに思い出した。彼の故郷では、三回、拒否する習慣があると言っていた。だから、首を振る。

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