愛した人は剣奴だったから
 可愛らしく微笑んだ時、彼の心の中で何かが溢れ出していた。アデリアの頬を両手で添えると愛しげに囁いた。

「おまえの為なら苦労してもいい」

 言いながらアデリアの顎をすくいあげたのだ。先刻よりも、もっと深い接吻だった。

 アデリアは放心したように唇を離した。肘から手首にかけて浮き立つ筋肉に見とれてしまう。軍馬のように均整が取れた裸身を見ていると頭がポーッとぼやけてきた。意識が流されて揺らいでくる。

 魔法にかかってしまったかのようだった。目が離せなくなった。

「ねぇ、あなたに少しだけ触ってもいい?」

「いいよ」

「あたし、男の人の裸に触るのは初めて。肩が、すごくゴツゴツしているわ」

 彼の頑健な鎖骨にスーッと滑らせていく。滑らかな筋肉の質感に昂揚してしまう。

「驚いたわ。馬みたいな筋肉ね。だけど、あなたの背中って、ものすごく綺麗だわ。わー、手も大きいわ」

 珍しい玩具を触るように彼の右手の指を一本一本触って無邪気に笑っていると、アデリアは、またしても引き寄せられていた。

 鎖骨や首筋を口付けられていた。薄く柔らかく繊細なキスが繰り返されている。

「やだっ、くすぐったい」

 すると、彼は、ハッとしたように口付けるのを止めた。

「……えっ」

 どうしたのと尋ねるように見つめ返すと、彼は、少し赤面していた。そして、何かを誤魔化すように肩をすくめた。

「こんなことしてる場合じゃなかったな」

 レンシーは、アデリアの素足に視線を落としている。
 
「……まだ足は痛いか?」

 踏まれた指は青い痣になっているのだ。

「ううん。もう平気よ」

 すると、レンシーはアデリアに立つように言った。

「お姫様は世話が焼けるよな。こっちは苦労だらけだよ。それじゃ、最後に香油を塗るぞ」

 首筋から背中へと伸ばしていく。彼は、香油を塗る作業に集中している。

「はい、お嬢様。これで御仕舞い。あとは自分でやれよ。脱衣所に乾いた布があるから頭を布で丁寧に拭けよ。じゃぁな。オレは蒸し風呂で寝転がって身体を休めてる」

 そう言い残すと彼は一人で行ってしまった。アデリアは拍子抜けしながらもホッとしていた。温浴室から出て新しい衣服に着替え終えた頃、レンシーは脱衣所に戻ってきた。 

 アデリアは脱衣所でずっと彼を待っていた。彼は、濡れた髪を布で拭いながら驚いたように言った。

「えっ、おまえ、またいたのか」

「うん」

「先に部屋に戻ればいいのに」

「いいの。レンシーと一緒にいたいの」

「おまえは犬かよ」

「ふふっ、前世は、あなたの犬だったのかもしれないわね」

 豪華な寝室に戻ると、寝台の縁に腰掛けながらアデリアは率直に尋ねていた。レンシーは寝台の脇の長椅子に座ると欠伸をした。ひどくくたびれているようだった。

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