愛した人は剣奴だったから
12 決戦
 明け方、アデリアは目覚めていた。試合まで少し時間があった。レンシーはルーダと共に生贄の戦士の儀式の打ち合わせをしているのだ。

(裏手には作業小屋や葡萄の棚があるのね)

 暇潰しに一人で庭を歩いていると、ふと、気になる文字をみかけたのである。それは納屋の壁に記されていた

『わたしが、あなたと一緒に踊ったことを永遠に覚えていて。ルーダはオレのものだと言ったことも忘れないで』

 ルーダ? 妖艶な彼女らしからぬ、何とも初心な文面だ。

(これ、いつ、書いたのかしら……) 

 菜園、果樹園、豚小屋、穀物倉庫、ヴィラを管理する差配人の家などがこの屋敷の敷地内にある。

 ここで大勢の奴隷達が暮らしてきたのだろう。

 グルンと歩いていると、また落書きを見かけた。

『天国に逝ってしまった愛しい人よ。あなたは、わたしの宝物。あたしはあなたを忘れない。あなたを思い続ける。ルーダを愛しているという声をもう一度聞きたいのです。いつか、あたしが天国に召された時、あなたに会えると信じています』

(何だか大人っぽい文章ね……)

 作業場の塀の落書きを見つめながらも、無意識のうちに奇妙な胸の痛みを感じていた。前ら見たものと違って、こちらは哀しみに満ちている。

(死んだってことは、愛人のパドの事じゃいわよね。それじゃ、ルーダは誰を想っていたのかしら)

 厩舎の横には備蓄小屋がある。秋になると家畜をここで殺して燻製にするのだが、床石に微かに血の痕が残っている。

(レンシーも、試合に負けたらこうなるってこと?)

 何となく、怖ろしさを感じてアデリアは血痕から目を逸らすが、逆に不安は広がっていったのだ。

        ※

 食後。レンシーは清めの水場へと向かうと清新な湧き水を浴びながら表情を引き締めていく。すると、手ぬぐいと戦士の衣装を手渡しながらルーダが言った。

「御覧なさい。あそこが会場よ」

 ヴィラの裏には円形の小さな池のようなものがあった。水はすべて抜かれている。この中で戦士達を戦わせるのだ。

 葡萄棚の下には幾つかの豪奢な臥台が設置してあった。横柄に寝そべっている七人の男達は裕福な生活をしている。どいつもこいつも、いかにもといった感じの傲慢な顔をしている。

 彼等の指には大きな宝石が輝いている。彼等はススリア系の住民だ。

 太陽が真上に差し掛かった頃に儀式が始まる事になっている。

 レンシーの拳に革紐を巻く手伝いをしながらルーダが耳打ちした。

「あそこにる奴等は、みんな街の顔役よ右端のあいつが二人委員のうちの一人のティベリウスよ。元々は、王都で法務官の補佐をしていた男だわ。彼は今年も当選確実なのよ。残りの一枠を駆けてパドとトルマキオが争っているのよ」

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