愛した人は剣奴だったから
 立候補する為に、パド達は円形闘技場の試合や芝居などを自費で催して市民の機嫌をとってきた。無事に当選すれば利権も得られるので投資した分は回収できる。自尊心も満たされる。

「それぞれの候補者が、自分の駒として戦士を出している。みんな、どっちの戦士が勝つか駆けているの。それでね、勝った戦士とパトロンは運命の神に祝福されているとみなされるの。だから、票がグンと伸びるのよ。どちらに入れようか迷っていた者が勝者に投じる事でパドは逆転できる」

 だから、今日の試合の行方が重要なのだ。彼女は悲壮な顔で前方にいる男を見据えている。

「赤毛のティベリウスの横にいる男がトルマキオよ。今のところ、選挙に関してはトルマキオが少しばかり優勢なのよ」

 トルマキオは街の東側の市場や商店を取り仕切っているという。最近は、息子のガイウスがパドの縄張りを荒らし始めている。

「パドの遠い祖先はトルマキオの祖先を撲殺した歴史があるの。漁場をめぐって争っていたの。もう三百年前のことなのに、二つの一族は、今も牽制し会っている。あなたの対戦相手はトルマキオの末息子のガイウスという悪党よ」

 ガイウスは二十五歳。濃い眉毛と体毛が特徴的だった。鷲鼻で鼻梁は広く唇も分厚い。神殿でみかける彫刻のように身体に厚みがあり逞しい男だった。

「あいつは試合の常連なのよ。この七年間、ガイウスが勝ち続けているわ。誰一人として、ガイウスには勝てなかったのよ」

 悔しさと恨みを噛み締めるようにして呟いている。

「みんな、わたしの期待を裏切り続けたわ」

 ガイウスの名前を呟く瞬間、彼女の眼差しの奥が蠢くようにしてギラついた。激しい憎しみの色が滲んでいる。何か因縁があるらしい。

 ちなみに、ここの屋敷のパドは俗物丸出しの老人だがトルマキオに比べたなら良い人間なのだろう。使用人達への扱いも悪くはない。パドの世話をする少年は寛いでおり笑みをこぼしている。他の使用人達もパドを恐れているようには見えない。

 しかし、ガイウス親子仕える奴隷達はびくびくしていた。鞭打ちされた傷痕が腕や背中に残っている奴隷もいる。 

 ルーダはガイウスを睨みつけたまま吐き捨てるように言う。

「いいわね。レンシー。負けたらおしまいよ。でないと、身を引き裂かれて死ぬことになるのよ。昨日も言ったように、あなたが死んだらあの子を異教徒の奴隷商人に売りつけてやるわよ。ゴビの王族の変態達の慰み者になるってことを忘れないで頂戴よ」

 ゴビの王族という言葉を聞くと顔つきが変化する。

「あの娘、あそこにいめわ」

 振り返ると、客人の宴席の後方の茂みからアデリアがリスのように顔を出していた。

 ルーダはしつこかった。威嚇するように言い添えている。

「役に立たないと分かったら試合途中であろうとも、あの子を門番のゴースに抱かせてやるからね」

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