愛した人は剣奴だったから
「何だと!」

「好きなんでしょう? あの子のために土下座までするんですものね。羨ましいわ。いいわね。ガイウスを殺すのよ。勝ったら、あなた達を安全な場所へと送り届けてあげる」

「おまえ、その言葉を忘れるなよ」

 そんな話をしていると、ガイウスが来た。ツヤツヤに磨きぬかれた身体を誇示するようにニヤリと笑っている。レンシーを一瞥すると鼻先で笑った。拳闘は、ススリア人のお家芸だと自負しているらしい。

「ルーダ、こいつは拳闘なんてやったことがねぇんだろう? 一体、どこのお坊ちゃんだよ? 女みたいな顔だな。こんなお上品な奴がオレに勝てると思うのか? ルーダ、パドの愛人なんてやめてオレのところに来いよ」

 手を伸ばしてルーダの尻を撫で回そうとしている。その腕をピシャッと払いのけているというのに、意に返さないままルーダの豊満な尻の肉を掴んでいる。

「どうせ、パドの老いぼれは長くはないぜ。オレのものになれよ。また、たっぷりと抱いてやるぜ」

 言うや否や、ルーダはガイウスの顔にツバを吐きかけた。

「よしてよ」

 ルーダの眼は怒りに燃えている。レンシーは彼等のやりとりを脇から眺めた。

「ガイウス、あんたは薄汚い人殺しよ」

「ふん、それがどうした? この世界は強い者だけが生き残れるようになっているんだよ! おまえも、いい加減、死んだ亭主のことなんて忘れちまえよ! オレ様が忘れさせてやるよ」

 ガイウスが馴れ馴れしくルーダの肩に手をまわそうとするが、試合開始の角笛が鳴り響く。緊迫感の向こう側に観客がいて下衆びた高揚感が滲み出している。

「始まるぞ! 二人ともここに来なさい!」

 ピシャッ。儀式は、祭壇に聖水を撒くことから始まった。 

 ススリアの神官が、月桂樹の葉で全身の皮膚をなぞって二人の身体を清める。女神に祈りを捧げた後、神官達が、鳩と山羊の血で祭壇の女神の像を真っ赤に染め上げていく。

 試合後、神官が生け贄となった敗者の内臓を取り出す。そうやって祭壇に奉げる事で先祖の霊を慰める事になる。

「冥界の王へと続く道へ行かん。祖先の魂に光を!」

 死と再生の呪術を儀式化したものである。女神を称える儀式を終えると二人の闘いが始まる。独特の興奮した空気が観客の間で高まっていく。

「ああ、そろそろ始まるよ!」

 奴隷達の居住区の塀から身を乗り出している使用人も見世物を楽しむ感覚で試合の会場を見つめている。

 始めよという神官の声が響いてすぐに二人とも拳を振り出した。互いに先制攻撃をかけようとしている。予想外の攻撃だった。ガイウスはレンシーの髪を掴んで地面に叩き落とした。アデリアは息を呑む。

 互いに蹴ったり腕をつかんで投げ伏せたりしている。

「いけ! やっちまえ! ガイウス! そいつの内臓をえぐれ!」

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