愛した人は剣奴だったから
「母屋へ帰るあなたに私達の姿を見せつけてやろうと思ったのよ。性悪女なのよ。幸せそうな恋人同士を見たら、ぐちゃぐちゃに潰してやりたくなるの」

「ゴースに襲わせて、それで、あなたは満足なの!」

 悔しさと怒りで胸が張り裂けそうだった。

「こんなことになるなら、あたし、その前にレンシーに抱かれるべきだったわ」

「無理よ。保守的な男だもの。無責任なことをしたくなかったんでしょうね」

 言いながら、もう我慢できないといったように笑い出したのだ。声の質感が明るかった。

「ああ、やだわ。レンシーも、こんな手間のかかるお嬢ちゃんによく付き合っていられるわよね」

「ひゃっ!」

 いきなり、アデリアのお小さな胸を平手で叩いた。

「あなたは処女よ! あなたが胸に巻いていた帯をほどいて楽に息ができるようにしてあげたのはわたしよ」

「でも、この血痕は何なの!」

「それは、レンシーの血よ」

 目元を柔らかく崩しながら細い指先でアデリアの頬に触れた。

「よく聞きなさい。レンシーが勝ったのよ」

 アデリアはポカンとしていた。意味が分からなかった。

「一生、忘れないわ。一瞬で勝負は決まったのよ。奇跡の瞬間だったわ」

 殴られて倒れ続けたレンシーだったが、アデリアが納屋に連れ去られる様子を見た瞬間、一変したのである。

「ありったけの力を振り絞ってガイウスの顔面を拳で叩きのめしたのよ。間髪入れずガイウスの首を折ったの。即死だったわ」

 ガイウスの父親と兄のガイアは半狂乱になったが、それを周囲の者が強引に押さえつけたという。

 今は選挙の時期。民心を失ってはいけない。復讐のために勝者のレンシーを葬ったとなれば、トルマキオは評判を落とすことになる。

「この館にいる限りはレンシーは安全よ。でも、誰も見ていない場所に行ったなら、あいつらに狙われるかもしれない。しばらく、ここで休みなさい。レンシーは満身創痍の状態で熱を出しているのよ。ゴースからあなたを奪い返して、ここに運んだ瞬間に力尽きて倒れてしまったの」

 気を失ってもアデリアを抱きしめていたという。

「殴られて身体中が腫れ上がっているのよ。隣の部屋にいるわ」

「あたしが看病します!」

「そうしてちょうだい。わたしはパドの屋敷に帰るわ。これから祝杯をあげるの。今夜は最高よ。殺してくれたことに感謝しているの。あなた達の愛情を利用した甲斐があったわ。あなたは幸せ者ね」

 相変わらず顔つきは高飛車だったが、その声は優しい響きになっている。

『わたしが、あなたと一緒に踊ったことを永遠に覚えていて。ルーダはオレのものだと言ったことも忘れないで』

 そういう事だったのか。ルーダは夫を愛していたのだ。だから、復讐にすべて注いできたのだろう。そう考えると不意に切なくなっていた。
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