愛した人は剣奴だったから
「だけど、初めて愛した相手がレンシーで良かった。本当よ。一生、今日の事は忘れないわ。あたしはレンシーの為なら何でもする」

「おまえは本当に可愛いな」

 アデリアが優しくレンシーの手を握り締めている。朝の光を浴びたまま、彼は、ホッとしたように目を閉じている。朝食を食べる事なく眠り込んでいる。疲れ果てているのか、その日の午後まで、ずっと彼は眠り続けていた。

             ☆

 それから数時間後の事だった。

「えっ……」

 レンシーが何か恐ろしい物を見たかのように目を開いた。そして、狼狽したように半身を起こす。

 盲人のような目付きで瞬きもせず呆然としている。先刻、レンシーは妙な夢を見たのだ。昔、女官達が王子を探し回っていた。

『レンシー、王子はどこですか? なぜ、ここにいないのです! その衣装は王子のものですね。舞踏会に影武者を出すなんて、なんてことをするのです』

 あの時、レンシーは王妃付きの女官にこっぴとく叱られて尻を叩かれた。

 レンシーと王子は子供の頃からいつも一緒だった。家庭教師も王子とレンシーを分け隔てることなく一緒に教えていた。よく王子は、ダンスを教える講師の目を盗んで城の外に逃げ出していたのだ。

(礼儀作法なんてどうでもいい……。オレ達はそう言っていたんだよな……)

 一瞬、自分がどこの誰なのか、どこにいるのか分からないような不安げな表情を見せると、レンシーは不安の渦に巻き込まれるような感覚に陥った。

 自分の記憶と自分の身体が乖離して、どこかに抜け落ちたような気持ちになってくる。

 オレは、この先、どこに向かっているのだろう。駄目だ。しっかりしろ。は自分が何者なのかを忘れそうになっている。

(レンシー・アスベル……)

 忘れないように、その名を胸に刻み込む。

 この時、部屋の扉が開いた。

 夕飯と果物を搾った飲み物を厨房から持ってきたアデリアが目の前に立っている。アデリアが盆を置きながら覗き込んている。自分を慕う小さな動物のように可愛いアデリア。この娘が無事ならそれでいい。

 レンシーがホッとしたように呼吸する。

「どうしたの?」

「いや、昔の夢を見ていたらしい。砂漠でオレの親友が死んだんた。あいつが、幼馴染の奥さんと結婚したのは侵略戦争の直前だったんだ」

 彼は、ふと泣き出しそうな顔になっていた。

「いつだって生と死は隣り合わせだな。正直に言うと試合の前日は怖かった。誰かを好きになると臆病になるんだな」

「もう試合は終わったのよ。楽しい事を夢見ましょうよ。あたし達は、いつか結婚して子供を育てるのよ」

 レンシーは、惚れ惚れしたようにアデリアの身体の曲線を眺めている。

「おまえの事を想うと、色んな事が怖くなるよ」

「えっ、なぜ?」

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