愛した人は剣奴だったから
 アデリアは三階にいる。アデリアの位置からは二階にいる女性の顔は見えないが、あの独特の酒焼けした低い声は居酒屋の女将で間違いない。

 ガイアは、汚物にまみれた顔を拭いながらも路地の奥へと入っている。角を曲がるレンシーを追いながらニヤリと笑う。

『よし、その先は袋小路だ……』

 そこは行き止まりなのだ。ガイアは勝利を確信して薄ら笑いを浮かべていた。

「殺してやる。今度こそ逃がすものか!」
 
 しかし、角を曲がった直後、ガイアは、そんなまさかと言いたげに凍り付いていた。

 レンシーが消えていたからだ。

 ガイヤが狼狽していると、レンシーが、集合住宅の二階のベランダから飛び降りてきた。
ガイアが振り向く前に、否妻のようにガイアの喉元に剣を斬り付けていく。皮膚がグサリと大きく裂けると同時に断末魔のような呻き声が響いた。

 壁一面、ガイアの血で染まっている。地面に倒れていくガイアはうつ伏せのまま動かない。

 もう死んだようだ。

 レンシーは外套を脱いで剣先を拭っている。人通りが少ないとはいえ、すぐさまガイアの死体は発見されて護民官に通報されるだろう。往来で人を殺してしまったからにはタダでは済まない。

 レンシーは必死の形相でアデリアの姿を探そうとしていた。けれども、女将の店はもっと先だし、肝心のアデリアは洗濯屋にいる。そうとは知らずにレンシーは路地を彷徨っていた。

「アデリア! アデリアはどこだ! 無事なのか!」

 レンシーは、アデリアが曲がった方向へと進んでいた。狭い路地へと入っていく。すると、また、あの女の子が手招きしていたのである。

「ここ! アデリアはここ」

 レンシーは、その女の子に微笑みかける。

 こうして、無事に洗濯屋の居間で二人は再び会うことが出来たのだが、レンシーはアデリアの顔を見るなりこう言った。 

「殺したのはいいが、この後、どうすればいいんだろうな」

 事態は深刻化している。

 ガイアを殺した事で解決するというものではない。レンシーは顔をしかめた。あいつの父親がまだ生きている。ここは、あいつ等の縄張りだ。

「街を出るのは容易ではないな」

 レンシーが頭を抱えているとクロティウスがにこやかな顔でやって来た。女中が用意したカモミール茶を差し出しながら提案してきた。

「どうか、ここから先は我々に任せてください。ルーダは、あなた方の逃走経路を確保していますよ。あちらが作業場です。単身の労働者の衣服の洗濯も請け負っていますが、うちの主な仕事は、毛織物製品の艶出しをして綺麗に仕上げることなんです」

 漂白などの複雑な工程を経た後に布は丁寧に乾かして畳まれる。そして、取引先に出荷する為に敷地内にある倉庫へと運ばれた後、注文に応じて出荷されていく。 

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