愛した人は剣奴だったから
 テラスは、同じザトラ民族を陥れたりはしない。それに関しては確信している。テラスは、落ちぶれた貴族の悲哀を知っている。深いところでザトラ民族として共鳴している。

 レンシーは以前から聞きたかった事を率直に尋ねた。

「テラスは、なぜ、姉妹のうち おまえだけに入れ込んでいるんだ?」

「あたしが四歳のお誕生日に市場でテラスを見かけたの」

 テラスはやつれていた。檻の中にいた。悪い病気にかかって廃棄されかけていた。

「すぐに死ぬだろうと奴隷商人は言ったの。安く売ってくれた。連れて帰ってから手を握って励まして看病したわ。以前は、ゴビの属州の石山で飯炊きをしていたらしいの」

「苦労したんだな」

 家畜のように扱われたのかもしれない。ゴビの奴等は、ザトラの貴族や軍人を徹底的に痛めつけようとする。

 そんな酷い目に遭った後だからこそ、無邪気なアテリアの優しさが胸に染みたに違いない。

 レンシーは、この時、テラスとの会話を思い返していた。

(女官だと言っていたが、あの女は只者ではない……)
 
 何しろ、あんなことまで知っていたのだ。正直、レンシーは、息を呑んだ。あの時は心底驚いてしまったのだ。

『王子の側近の将校の男は忽然と消えたそうですね?』

 見透かしたような言い回しをしていた。心に引っかかっていた。まさか……。もしかしたら、テラスは真相を知っているのではないだろうか?

『ゴビの捕虜になる前に忠臣の若者が王子の首を切り落としたそうですね』

 あの時、こちらの内側を探るかのるように凝視していたのだが、胸の奥を鋭くえぐられたような気がした。

 イリアス王子の首は、腐敗した栗毛の馬と共に砂の中に埋もれており、敵が探し当てた頃には、野生動物に齧られて判別がつかなくなっていたとされている。

 あの日、凄まじい砂嵐に苦しめられており、イリアス王子の隊列は追い詰められていた。痛手を負った兵士達の顔は憔悴していた。最後の瞬間が訪れるまでに葛藤があった。王子を取り囲んでいた兵士が必死になって叫んだ。グオーッと強い風が吹いて景色は黄色く霞んでいた。

(王子! お逃げください! 王子!)

 恐ろしい程の勢いで砂埃が大きくうねっていた。岩山の裾野には、日干しレンガの集落があった。部隊は水の確保すら出来ないで喘いでいた。

(もう、無理です。王子、どうか御決断を!)

 駱駝と騎馬の両方を使ってこちらに迫るゴビの戦士達によって追い詰められて撤退するしかなかった。うだるような暑さ。蚊、寄生虫、蠍、毒蛇。禿山の渓谷は絶えず崩落の危険に晒された。

親衛隊と共に、岩場の隙間を馬で駆けた。周囲には朽ち果てた遺跡物以外は何もない。

『王子! 山側に向かえばユルベラ族がおります! 商人の隊列に混じってお逃げください!』

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