愛した人は剣奴だったから
18 絶望
 ジクの王族が暮す壮麗な宮殿の尖塔の形は独特で、あれを見ると辿り着いたのだと実感する者も多いと言われているが、まったく、そ通りだと感じた。

(朝焼けを背景にして絶つ聳える宮殿シルエットが独特で綺麗だわ)

 船上からも、海の女神の巨大な立像がよく見える。オスベルと同じ神々を信仰しているが、海の交通の要所として栄えてきたジクでは、海の女神の神殿が最も尊重されている。

 水先案内人の指示に従い、ゆっくりと船を埠頭へと進めていた。要塞化されたエフス港。上陸するには許可を得なければならない。あれは、ゴビの商人だろうか。口髭をたくわえており頭にムサールを巻いている。彼等は許可が出なかったのか渋面で引き返している。

 ただならぬ空気は感じていた。

(今に戦争が起ころうとしているのね)

 水夫達が係留を済ませていた。上陸の許可を得た船長がアデリア達に向かって叫んでいる。

「着いたぜ! 一時は、どうなるかと思ったが女神のおかげだな。出航前に上等な葡萄酒を奉納した甲斐があったぜ!」

 埠頭の向こうの施設の中から御婦人が近寄ってきたのである。肌を焼く強烈な強い日差しのせいで最初は誰なのか分からなかった。身なりのいい御婦人がこちらを見つめていた。大きな極彩色の日傘を差した侍女を従えて驢馬の引く馬車の後部に座っている。

 近寄ってみると、なんと、妙齢の上品な女性はテラスだったのだ。

「アデリア様、お待ちしておりましたよ」

 アデリアの行き先などお見通しである。

「あらあら、そのような粗末な格好で旅を続けられたのですか? すぐさま、マサリ様の宮殿に向かいましょうね。お身体を綺麗にしなければなりませんね」

 アデリアは、レンシーの背後に隠れようとしたけれど、その前にテラスが呟いていた。

「レンシー・アスベル。こちらにお嬢様を引き渡してもらわないと困るわ。素直に従いなさい。そうすれば、あなたをマサリ様に会わせて差し上げますよ。マサリ様も、あなたに関して強い興味をお持ちなのですよ」

 背後に控えていた下僕達が、強引にレンシーからアデリアを引き離そうとしている。

「いやっ!」

 肘を掴まれたアデリアは、ジタバタと抵抗しているというのに、レンシーはやめろと言わない。彼は硬直している。様子がおかしかった。

「あたしはレンシーと一緒にいる! レンシー! 何とか言ってよ!」

 彼が何か言おうとしたが、その前にテラスが涼やかな顔で告げていた。

「ヘルワ様もここに連れてきておりますよ。先に、お会いになりますか?」

 彼は何も言えなくなっている。強張ったような顔つきをしている。決して、アデリアと目を合わせようとはしない。

(ねぇ、どうしてなの)

 テラスは従者達に耳打ちして、レンシーを連れて行くように指示している。たちまち、レンシーとアデリアは引き離されていた。
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