愛した人は剣奴だったから
「テラス、どういうつもりなの」
アデリアは大きな馬車に乗せられていた。宮殿は湾が一望出来る小高い丘の上に建っている。
箱型の豪奢な馬車は市街地を抜けていく。そして、堀に囲まれた宮殿に繋がる大きな橋を通過していた。
「そんな顔をしないで下さいな。彼に危害を加えるようなことはありまんよ。彼は、ヘルワ様と対面しています」
各国の船に権力を誇示するかのように壮麗な形の王宮が聳え立っている。内邸に行くには、帝王の門、礼節の門、至福の門の三つの壮大な門をくぐらねばならない。礼節の門を通ると中庭へと進んでいく。
庭には鮮やかな花が咲き乱れていた。孔雀や鸚鵡もいる。凝った細工を凝らした噴水が涼しげな風情を醸し出している。巨大な図書館や風の塔と呼ばれる八角形の気象台もある。
第二の庭を通り過ぎると、ようやく鍵穴形の大門が見えてきたのである。鍵穴のような形の門は帝王の門というふうに呼ばれていて、ここからは男性王族の生活空間だ。
異国からの使節などは、謁見の間で王と対面するのだが、アデリアは親族なので、マサリの執務室に通された。
従兄のマサリは久しぶりの再会ということもあり素直に喜んでいる。
「おおーーーっ、我が愛しの従妹よ。しばらく見ないうちにずいぶん大人っぽくなったのだな。背も伸びたな」
旅の間、貧しい農奴の少年のような格好をしていたアデリアだったが、鮮やかな色の絹のドレスに着替えさせられていた。テラスが用意した金髪の鬘をかぶっており、目の周りを黒い化粧墨で丹念に囲っている。
大理石の床ず穏やかに差し込む光に反射してキラキラ輝いている。
アデリアはお人形のように飾り立てられているが、緑色の瞳は曇ったままだった。従兄のマサリに謁見した後、アデリアは与えられた寝室で思わず大声を発していたのである。
「どういうつもりなのよ! テラス! 勝手に屋敷を出たことは悪かったわ! だけど、あたしは自分らしく生きたいの!」
ややヒステリックに噛み付くように目を吊り上げてまくしたてていく。
「あたしは愛しているの。レンシーと結婚するつもりなの! 奴隷身分の男が駄目だと言うなら、身分を買い取って自由民にしてちょうだいよ! どこかの議員や騎士の養子にすればいいのよ! ねぇ、そうしてよ! あたしは彼を愛しているの」
「それは出来ません……」
不思議なほどに静かで抑揚の無い声だった。
「レンシー・アスベルは、あなた様には相応しくありません。その理由は、彼が奴隷身分だからという訳ではありません」
「じゃ、何なのよ!」
「育ちも良く主人に対して忠実で勇敢な若者でございました。まことに素晴らしい若者でございました」
「それなら、どうして相応しくないなんて言うのよ! もう国が滅びているからなの? 彼には財産がないからなの?」