見知らぬ彼に囚われて
……

 穏やかで柔らかな彼と、真っ直ぐでしっかり者の彼女。
 神のもとで結ばれたばかりの若い二人。

 彼のために家事を覚え、尽くすのが強気な彼女の密かな楽しみだった。

 性格は正反対だが仲睦まじく、二人の新しい生活が始まったばかりというときのことだった。


「リーナ!!」

 彼女は突如病に倒れる。
 遠い街から来た医者にもさじを投げられ、もう手の施しようのないままあっという間に彼女は死の淵へ。

「貴方……私は生きるの……ずっと、貴方と一緒に……」

 彼女の最期の願い。

 彼は悲しみのあまり願った。

「もう悪魔でもいい……どうか彼女を助けてくれ!!」


 彼の願いを聞きつけたのは、人間の欲を糧とする異形の者。

『彼女を助けたいならば呑めるか? この条件を』

 出された契約の条件は彼女の、彼に関する記憶と彼の若さ。
 そして彼女を決して家から出さないこと。

『それから、彼女の身体に触れて精力を与え、毎晩身体を重ねろ。さもなくば、ともに生きるなど出来なくなるぞ』

 異形は耳まで裂けた口をニイッと上げる。

 彼女はすでに虫の息。
 彼は彼女を失う悲しみに耐えきれず、異形の出した条件に頷いた。


 彼女は出会った頃のように若返り、息も穏やかに吹き返す。

 しかし自分の姿は、もし自分を覚えていたとしても分からないであろうほど変わり果てていた。

 彼は後悔したがもう手遅れ。

 彼女に口付けて与えた精力の代わりに自分は少しずつ年老いていくことを実感し、彼女を精一杯の嘘で騙し続けた。

 自分が死ねば彼女も精を与えられず死ぬ。
 いつかくる死の淵、真っ直ぐな彼女を真実で苦しめずに済むよう彼女の同情を断ち切るため。


 彼女が生きていることに自分の意味を見出していた彼は、まるで操られるように異形と二度目の契約をした。

 次に異形に奪われたのは、彼の命の時間と彼女への“愛の言葉”。

 それでも自分とともに生きたいと強く願った彼女のためにと……

………
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