その甘さに、くらくら。
 前の席の女子は、そんな騒然とした中で本を読んでいた。無意識のうちに見てしまった首筋から咄嗟に目を逸らす。隣の席の男子は、仲の良い友達と他愛もない会話に花を咲かせていた。頭を支えるその首を順に見て、目を逸らす。唾液の量が多い。飲み込む。首筋を見る。目を逸らす。しばらくそれを繰り返す。

 彼らは、近くの席に座る俺が血を求めるヴァンパイアであることを知らない。俺を少しも警戒していない。俺は上手く隠せている。

 彼らから意識的に視線を外し、本来の目的の人物である五月女を見た。机と机の間を縫い、五月女のいる席を目指す。俺の気配を察したように、こちらに顔を向ける五月女。目だけでまた、喧嘩をする。俺はお前に話がある。

 五月女が、机の中に手を入れた。ガサガサと、ナイロン袋が擦れるような音がする。

 五月女の側に立った。同時に彼が、手を突っ込んだ机の中から何かを取り出した。見慣れた袋だった。探していたものだった。確定だ。黒だ。五月女が、盗っていた。俺の私物を。血液を。不味くても、手放したくないものを。

「返せ」

 短く告げて、手を差し出す。五月女は俺を見上げ、言葉もなく無表情のまま、手にしたものを俺に近づけた。が、俺の手に触れる寸前で、なぜか静止する。意図が読めず、意味が分からず、何やら試されているような気分にすらさせられ、半ばイラつきながらこちらから取り返そうとした時、五月女が独り言のように呟いた。

「こんなクソ不味いもの、俺はもう口に入れたくない」
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